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 仕事終わりに食事しようと立ち寄ったのは町で一番大きな酒場だった。
 そこそこ込み合っている店内のカウンター席に座り、注文をする。料理が出てくるまでの暇つぶしに店内の人々の声に耳を傾けていると、”妖精の尻尾”という言葉が聞こえてきた。しかも誹謗中傷のおまけつきだ。
 思わず席を立ち、その話をしていた男たちのテーブルに近づく。男たちは幽鬼の支配者の紋章を身に付けていた。

「なんだお前……?あっ!お前は!」

 男たちの一人が私に気がつく。一瞬睨まれたものの、私が妖精の尻尾の一員であることがわかったのか男は目を見開いた。

「こいつ妖精の尻尾のモニカだ!」
「S級の!?」

 ガタガタっと大きな音を立て男たちは椅子から立ち上がった。しかしその驚きの表情はすぐに消え、下品な笑みを見せる。

「お前、こんな所にいていいのか?」
「自分のギルドがどうなってるのか知らねえのかよ」
「知ったとしてももう遅いぜ!」

 ぎゃはぎゃはと騒ぐ男の一人を私は光をまとった拳で殴り飛ばした。吹っ飛んだ男はテーブルを巻き込んで壁にぶつかる。
 騒がしかった店内がしん、と静まり返った。

「妖精の尻尾がどうしたの?教えてくれる?」
「てめぇ!」

 額に青筋を浮かべた男が飛びかかってくる。それを避け、魔法で吹き飛ばす。もう一人、もう一人とぶっ飛ばし、最後の一人は床に叩きつけた。

「それで?妖精の尻尾がどうしたの?」
「う、ぐ……マスタージョゼが……」

 その男が言うには、幽鬼の支配者が妖精の尻尾のあるメンバーを狙っており、ふたつのギルドは戦争状態になっているらしい。そんなことは全く知らなかった。
 私は男を気絶させ、食事もせずにこの町の幽鬼の支配者の支部へ向かう。支部に到着してすぐさまドアをノックするなんてことはせずに、問答無用で無駄に大きいドアを吹き飛ばした。少しして中にいたやつらが慌てふためきながら飛び出してくる。
 拳を握りしめながら私はそいつらを睨み付けた。


・・・


 町から町へ渡り歩き、幽鬼の支配者の支部を潰して回る。潰して回った支部で集めた情報によるとマスターマカロフは魔力を奪われ眠ってるらしい。それからラクサスが戦いに参加していないこともわかった。
 もともとラクサスはこの戦いに参加しないだろうと思っていたけれど、きっと勝っても負けても情けないと怒るだろう。代わりに私は戦いたいが今からギルドに戻ったとしても戦いには間に合わない。だからこうしてせめて少しでも相手の戦力を削げるようにと支部を潰して回っている。
 そしていくつか目のあるギルドを潰し終え、どうにか形を保っている建物から外へ出たその時、ミストガンに出会った。いつものように眠らされるかと思いきや、ミストガンはきょろきょろと頭を動かし私とほとんど原型を留めていないギルドだった建物を交互に見比べる。その顔は布で隠されわからないが驚いているように見えた。

「これはあなたが?」
「そう。ミストガンはどうしてここに?」
「あなたと同じ理由だ……妖精の尻尾の状況を知っているか?」
「ファントムと戦争状態なんでしょ?」

 私の言葉にミストガンは頷く。いつもは強制的に眠らされてしまうため、こうして普通に会話するのは不思議な感じだった。

「戦いは始まっている。あなたは妖精の尻尾のギルドへ」
「どうやって?ここから妖精の尻尾は遠すぎる」

 ミストガンは無言で腕を振り上げる。すると私の足元に黒く丸い穴が広がった。

「え?」

 私が反応するよりも早く、私の体はその穴に飲み込まれる。目の前が真っ暗になり、気づけばいつの間にか怒号が響く戦場に立っていた。
 なんの説明もなしにワープさせるなんてミストガンめ、と心の中で毒づく。けれど周りを見渡す限り悠長に文句を言っている場合ではないようだった。

「モニカ……?モニカ!」

 わっと勢いよく私に駆け寄ってきたのはカナだ。カナはすでに満身創痍で、額の傷からは血を流している。

「来てくれたんだね!エルザがやられちまって……!」
「エルザが?」

 カナが悔しげな顔で頷く。マスターもラクサスもミストガンもいないのなら、エルザだけでももう一度立ち上がってもらわなければ。
 私は周囲に集まってきた幽兵を光で凪ぎ払い、カナと別れてエルザが寝かされている部屋へ向かった。

「モニカ!?」
「誰……?」
「私よ、ミラ!今は事情があってルーシィの姿なの!」
「あぁ……狙われてる子?」
「そう!モニカはどうして、」

 ミラの言葉を遮るようにして私はエルザが寝かされているベッドに近寄る。傷だらけのエルザの腕に触れ、治癒魔法を使えば、エルザの体が淡いオレンジ色の光に包まれた。

「ミラ、今のうちに状況を教えて」

 私の考えを察したららしいミラは一度頷き、話を始める。
 幽鬼の支配者が本部ごと移動してきたこと、魔導集束砲からの攻撃をエルザが防いだこと、狙われているルーシィは隠れ家へ向かわせたこと、ナツやグレイたちが魔導集束砲を止めるためファントムのギルド内部で戦っていること。

「ジュピターは壊れたぞー!!」

 外から聞こえてきた歓声に私とミラは窓の外を見た。音を立てて崩れる砲台を見て、ミラが微笑む。
 しかしファントムのギルドは立ち上がり、形を変えていく。それはあっと言う間に巨人のような姿になると空中に魔方陣を描き始めた。

「この魔方陣は煉獄破砕……!?禁忌魔法の一つじゃない……」

 先ほどまでの喜びの雰囲気とは一転し、再び妖精の尻尾は混乱が広がっていく。

「ミラ、私は外で戦ってくる。エルザにはできる限りのことはしたからもうじき目が覚めるはず」
「わかったわ。気をつけて」

 私は窓を開け、そこから外へ飛び出した。戦場を駆けながら幽兵を滅していく。私の光魔法は相性がよかったらしく、一撃当てるだけであっけなく幽兵は消えていった。けれど消しても消しても兵が途切れることはない。
 妖精の尻尾メンバーも疲労してきており、怪我人は増える一方だった。

「あなたたちの狙いは私でしょ!今すぐギルドへの攻撃をやめて!!」

 そんな時、ルーシィに変身しているミラが飛び出してきた。時間稼ぎのためか体を張るミラだったけれど、マスタージョゼには偽物だとバレており幽兵による攻撃も、魔方陣の生成も止まることはない。
 ミラは無力感からかその場に膝をつき泣き始めてしまった。

「こうなったら……!」

 私は両腕を大きく広げ、巨大な光の壁を作り上げた。これは光の防御魔法のひとつだ。
 魔方陣から放たれようとしている魔法を防ぐことは出来ないけれど、光の壁を通ってくる幽兵は弱体化し、光の壁の内側にいる者たちの防御力が上がる。
 さらに両腕に水をまとわせ、それを空中に打ち上げ雨のように降らせる。光と水の融合魔法であるこれは浴びた者の疲労や小さな怪我なら回復させる効果があった。それほど回復量は多くないが、水を降らせる範囲を広げればそれだけ広範囲で回復効果が得られる。
 しかも今回は幽兵が光に弱いお陰で、仲間を回復させつつより敵を弱らせることが出来た。光の壁と治癒の雨のふたつの魔法の効果で劣性だった妖精の尻尾が持ち直していく。

「モニカ!やっぱりS級は違うね!」
「集中して!これは魔力消費が激しいからずっとは無理!」
「オッケー!中にいるナツたちを信じて私たちも戦うよ!!」

 カナに肩を叩かれ、私はむっと眉を寄せた。しかしカナはそんなことを気にも止めず他の仲間たちに向かって叫ぶ。
 私もナツたちが一刻も早く敵を倒してくれることを祈った。これ以上ギルドが破壊されてしまえばラクサスの怒りは避けられない。もう遅いかもしれないけれど、どうかラクサスが怒りで爆発しない程度でこの戦いを終わらせたかった。


・・・


 いくら幽兵を薙ぎ払っても戦いの終わりは見えない。S級の任務の方がまだ気が楽だ。
 いちおう戦いに進捗はある。エルザは目覚め再び戦いに赴き、一度は発動されかけた煉獄破砕は消滅した。しかし隠れ家に匿っていたはずのルーシィはさらわれ、それと同時に幽兵の戦闘能力が上がり、今まで以上に厳しい戦いになっている。

「危ないっ!」

 ナツたちの加勢へ行くべきか悩みつつも、幽兵に蹂躙されるだけの仲間を放っておけず私は戦い続けている。
 誰かを庇いながら戦うのは骨が折れる。しかも敵の数は多い。再び治癒魔法を使うも、戦い続けていたため最初ほどの威力を出すことが出来ない。それは攻撃魔法も同じで、束で襲ってくる幽兵を倒すのさえ少し手間取る。
 ギルドのメンバーが幽兵に襲われ、倒れこんだことに気を取られる。幽兵を蹴散らし治癒魔法をかけ、そしてまたギルドメンバーの救援に向かうのを繰り返した。戦場すべての状況を把握することなんて出来なかった。

「ギルドがーっ!」

 そうやって私が目の前のことに気を取られていると、地鳴りのような音が響いた。その直後、誰かがそう叫んぶ。
 後ろを振り返れば取り逃した幽兵たちが妖精の尻尾のギルドを破壊しようと攻撃している。止めに行こうにもほかの幽兵たちに阻まれ、進むこともできない。

「私たちのギルドになにすんのよっ!!」
「崩れるーっ!」
「やめろーーーっ!」
「ギルドが崩れちまう!!」

 嫌な音を立てながら揺れるギルドに悲鳴が上がる。私は頭に蔑むような目をしたラクサスの顔が浮かんでいた。

「ちくしょオーーー!!」

 地面に座り込むカナが涙ながらに叫んだ。直後、耳をつんざくような轟音と共にギルドが崩れていく。
 悲鳴と泣き叫ぶ声を嘲笑うように幽兵たちはまだ攻撃の手を緩めない。マスタージョゼは宣言通り、妖精の尻尾を殲滅しようとしているらしかった。
 けれど、戦場に絶望感が漂い始めていた時、ファントムのギルドが爆発し崩壊し始める。感じた魔力からして中で戦っていたナツが戦いの最中に破壊したようだった。
 ほんの少し胸がすくような気持ちになる。うつむきかけていた顔をどうにか上げることはできた。
 しかし今度は空に大きな雲が渦巻き始めていた。

「なんだ!?」
「空が!」

 雲が渦巻く中心からは雷が落ち、波は荒れ、地面は大きく揺れる。あまりにも大きな揺れに私は立っていられず、その場に倒れ込んだ。そして次の瞬間には眩しい光に包まれる。けれどその巨大な光は幽兵だけを次々に消し去っていった。
 それはマスターマカロフが放った妖精の法律だとすぐにわかった。見るのはこれが初めてだけれど、昔にラクサスから話を聞いたことがある。聖なる光をもって闇を討ち、術者が敵と認識したものだけを討つ。伝説のような超魔法。これほどのものとは想像もしていなかった。

「勝ったぁ!!」
「ファントムに勝ったぞぉおおおっ!」

 妖精の尻尾の勝利の雄叫びが響く。ようやく戦いが終わったと私は地面に座ったまま、大きく息を吐いた。
 ルーシィという子も無事に取り戻し、すべてが丸く収まったかと思った。けれどそうはいかない。騒ぎを聞き付けたルーンナイトに取り囲まれ、私たちは満身創痍の状態で連行される。
 それからは連日事情聴取の日々だった。


・・・


 潰されてしまったギルドはまだ再建途中であるものの、仕事の受注が再開された。マスターが作った設計図もどきにのっとってギルドを建て直すことに飽き飽きしていた私はさっそく仕事を受けようとギルドへ向かう。
 そこでラクサスの姿を見た。ついつい駆け足になってラクサスへ近寄ったけれどラクサスと向かい合うエルザの威圧感に足を止める。

「この際だ。ハッキリ言ってやるよ。弱ェ奴はこのギルドに必要ねェ」

 やっぱりラクサスはファントムとの戦いに腹を腹を立てていたらしい。レビィたちやルーシィを指差し、なじっていく。

「ラクサス、やめて。妖精の尻尾が勝ったんだから……」
「……勝った?」

 口を挟んだ私をラクサスが睨み付ける。ぞわりと背中に悪寒が走るほどの冷たい目だった。

「お前がいたのになんだこの無様なありさまはよォ……モニカ!!」
「ラクサス!!」

 動けずにいる私の代わりに叫んだのはミラだった。ラクサスの視線がそちらに向き、体の強ばりが解ける。

「もう全部終わったのよ。誰のせいとかそういう話だって初めからないの」

 いつもは優しいミラの眼差しも声も今は厳しい。
 私はラクサスがさらに怒り出してしまわないかとハラハラしながら見守るしか出来なかった。

「戦闘に参加しなかったラクサスにもお咎めなし。マスターはそう言ってるのよ」
「そりゃそうだろ。オレには関係ねぇ事だ。ま……オレがいたらこんな不様な目にはあわなかったがな」
「ラクサスてめぇ!!」

 怒鳴りながら飛び込んできたナツは拳を振り上げ、ラクサスへ振りかぶる。しかしラクサスには当たらない。ナツはもう一度「勝負しろ!」と大声でラクサスに向かっていくが、それもあしらわれる。

「オレがギルドを継いだら弱ェモンは全て削除する!そしてはむかう奴も全てだ!最強のギルドを作る!誰にもなめられねえ史上最強のギルドだっ!!」

 そう言い放ち、ラクサスは私たちに背を向けて行ってしまった。
 その背中を無言で見つめていると、エルザに肩を叩かれた。首を動かしエルザの顔を見れば、優しく微笑まれる。

「気にするな。奴がああなのはモニカのせいではない」
「……うん」

 私は小さく頷くのがやっとだった。