仕事の帰り、ルーシィはマグノリアの街中で見知った顔を見つけた。手を振って、声をかけようと一歩そちらへ踏み出す。けれど、見知った顔の人物の横に見知らぬ男性がおり、ルーシィは思わず足を止めた。
見知った顔、同じ妖精の尻尾に所属するモニカは同じく妖精の尻尾のラクサスと幼馴染であることは周知の事実だ。この街でそれを知らない人などいない。でも今、モニカの隣にいるのはラクサスではなかった。
「ちょっと……ちょっとナツ!」
「なんだぁ?」
「どうしたのルーシィ」
ルーシィはナツとハッピーを物陰に引っ張り込み、人ごみに消えていくモニカと男を観察した。ナツとハッピーはモニカのことには気づいたが、ルーシィが何をしているのかよくわからないのかずっと首を傾げている。
モニカの隣を歩く男はスラっと背が高く、おしゃれだ。背中しか見えないものの、顔もきっと整っているんだろう。でも、立ち振る舞いからしてラクサスとは真逆に思えた。
「ルーシィ、これストーカーって言うんだよ」
「ちがっ……わないかもしれないけど、モニカが一緒にいる人が誰だか気にならない?」
「仕事じゃねえの。それか友だちだろ。もしかしたら新しい仲間だったりして!」
「そうかもしれないけど!モニカがラクサスと雷神衆以外の人と2人きりなんて気になるじゃない!」
モニカたちが立ち去ったあと、ルーシィはナツたちにそう力説するもイマイチ通じていないようだった。こいつらに色恋の話は早いのかもしれない。
それならとルーシィはギルドに向かうことにした。どうせ仕事の報告がある。それにギルドに行けば何か知っている人がいるかもしれないし、ナツが言っていた通り新しい仲間なのかもわかる。
「早くギルドに行くわよ!」
「急になんだ?」
「そんなにお金に困ってるの?」
「違うわよ!とにかくギルドに行くの!」
もともとギルドに行く予定だったためかナツたちはルーシィの様子に不思議そうにしながらも特に文句は出なかった。
ギルドに着くとルーシィはさっそくミラが立っているカウンターに駆け寄る。ミラは少し驚いていたけれどいつもと同じように「おかえりなさい」と笑顔でルーシィを迎え入れた。
「ただいま!ミラさん、モニカのこと何か知ってます!?」
「モニカ?今はマスターからのお願いで街に出てるけど……」
「やっぱり仕事じゃんか」
いつの間に横にいたのかナツがぼやくように言った。ルーシィはつまらないとその場で脱力する。
「モニカが男の人と2人で歩いてるからてっきりデートかと思ったのにぃ」
「それもあながち間違いじゃないわね。お見合いだもの」
ミラの言葉にルーシィはこと言葉を失い、さらに騒がしかったギルドがしんと静まり返る。そこにいた全員がミラを凝視すると、注目されているミラは「あっ」と何かを思い出したように声を上げた。
「これ秘密だったわ!」
誰が叫んだのか、驚愕の声を火切りにギルドの中は阿鼻叫喚の大騒ぎになった。
騒ぎを聞きつけたマスターによってその場は鎮められ、どういった経緯でモニカにお見合いの話が来たのか説明があった。ちなみにラクサスと雷神衆は仕事で居らず、そのことにルーシィは内心かなり安堵していた。
「この前のギルドマスターたちの会合での、モニカにベタ惚れの奴がいるから会わせてやって欲しいと頼まれたんじゃ」
「モニカがお見合い承諾したってこと!?」
「そいつと結婚したら別のギルドに行っちまうってことか!?」
「ええい!続きがまだある!」
頭を抱えながら叫び始めるメンバーにマスターが一喝する。まだ混乱は収まっていないものの、どうにか話が続けられる程度には静まり、マスターは一度咳払いをして話を続けた。
「モニカ本人にも確認した。あいつは会うだけならと言ってくれての、それで今日相手と会ってもらったんじゃ。もちろんワシに交際や結婚を強要するつもりもない。もしモニカに不本意なことがあればワシが対処するつもりじゃ」
「このことラクサスたちは知ってるんですか?」
誰かがマスターに向かってそう叫んだ。マスターは明らかにビクッと体を震わせ、顔をうつむかせる。それだけでこの場の全員が察した。
「ラクサス大丈夫なのか?」
「でもモニカ本人の承諾があってのことだろ?」
「まだ恋人じゃないし」
「あいつらまだ付き合ってないのかよ!?」
「だからってラクサスが相手のこと消し炭にしない理由にはならないだろ!」
「雷神衆だってモニカに過保護で甘いんだから何しでかすか……」
再びギルド内は阿鼻叫喚だった。モニカがどこの馬の骨とも知れない男とデート、しかもマスターが仲人のお見合いだと後から知ったラクサスが静かにブチ切れるのを想像するだけで全員が震え上がる。
「マスターなんで事前に言わなかったんですか!?」
「だってのう……」
「先に知っておけば軽症で済んだかもしれないのに!」
そうだそうだ、と口々にメンバーが叫ぶ。
ルーシィはその声を聞きながらモニカの今後や、ラクサスの怒りのことや、モニカとラクサスの2人の関係なんかを考えては頭が爆発しそうだった。そもそも見るからに両片思いなのにちゃんと告白してないのが悪くない!?と考えだしてしまい、ラクサスが怒ることなんてある!?と思ったりもする。でも絶対にモニカが他の男とデートするのは快く思わないことは簡単に想像がついた。
「どうしてなんですか、マスター!」
「だって怖いんじゃもん!!」
マスターは半泣きになりながら叫んだ。メンバーは一瞬呆気に取られたが、すぐに持ち直しまたギャーギャーと好き勝手に叫び始める。
「もんとか言うな!」
「あんたの孫だろうが!」
「ラクサスたちが仕事行ってるのを見計らったんだな!」
「情けねえぞマスター!」
「ええい!うるさい!それほど言うなら代わりに誰かあいつに伝えてこい!」
開きなおったのか、やけくそなのか、マスターの覇気のこもったその言葉に誰も何も言わなかった。みんなだってラクサスが怖い。大事な幼馴染の結婚報告なんてやりたくない。相手がラクサスならなおさら。
「いいか、お前ら。これはラクサスにも、雷神衆にも秘密じゃ。バレたらここにいる全員、消し炭にされると思え」
真剣なマスターの雰囲気におされ、全員が神妙に頷く。秘密をバラしてしまったミラだけが「みんな大袈裟ね」と微笑んでいた。
・・・
「ミラ、みんなどうしたの?」
「どうって、何もないわよ?」
「そう?なんか動きがぎこちないっていうか」
「そうかしら?」
ルーシィはギルドに戻って来たモニカが気になって仕方がなかった。お見合いのことを知ってしまったことを誤魔化そうとしているメンバー、そしてそれを誤魔化そうとしているミラと、それに不思議そうにしているモニカの会話すら気になってソワソワしてしまう。
ナツとグレイの喧嘩もぎこちないし、エルザは物理的に口を塞ぐためかさっきからずっとケーキを頬張っている。ハッピーは口元をおさえてはいるけれど見るからににやけているし、ルーシィ自身も何もしでかさないように顔をうつむかせテーブルの木目を眺めるのに必死だった。
他のメンバーもそんな感じで、マスターは狸寝入りしている。
「あ、ラクサスお帰りなさい」
ギルドにいる全員の肩が大きく跳ねた。ラクサスと雷神衆がミラとモニカに挨拶する声が聞こえる。
たったそれだけで冷や汗が噴き出してきたルーシィは、無意識に祈るように手を組んでいた。自分でもどうしてここまで気になって、恐れているのかわけがわからない。
「仕事どうだった?」
「別に何もねえよ」
「お前こそどうだったんだ?」
内心ひやひやしているのに聞き耳を立てるのをやめられない。みんな緊張しながらモニカがなんて答えるのか待っていた。
「いい人だったよ。まあまあ楽しかった」
うん?とルーシィは一瞬モニカがなんと言ったのか理解できなかった。まさか、ラクサスたちはすでにお見合いのことを知っている……?
「あなたに振られて泣いてなかった?」
「最初から断ってたし、そんなことないって」
「今頃、帰り道で泣いてるかもしれねえぞ」
「そうかなぁ?」
「そのあまり関心がないところも泣く理由になる」
「ええ……でも今日初めて会った人だし……」
エバ、ビックスロー、フリードとモニカの会話にルーシィは伏せていた顔を上げた。他のみんなもモニカたちをじっと見ている。
「なぁんだ、ラクサスたちもモニカの見合いのこと知ってたのか!」
ナツの明るい声が静かなギルドの中に響く。みんなの心の声の代弁ではあるけれど、そんな明るくあっけらかんと言えるものではなかった。みんなで取り乱したのは、混乱したのは、恐怖したのは、一体なんだったんだろう。
それでもルーシィは謎の安堵感から脱力した。テーブルに突っ伏して「よかったぁああ」と弱弱しく叫ぶ。
「待って、みんな知ってたの!?恥ずかしいから黙ってたのに!」
モニカが赤面しながら叫ぶように言った。ラクサスと雷神衆は顔を見合わせたかと思えば、声を出して笑い始める。それをきっかけに我慢していたギルドメンバーたちが口々に文句を言い始めた。
「なんだよビビらせやがって!」
「公認かよ!」
「マスター!ちゃんと把握しとけよ!」
「うるさいわい!」
「モニカちゃんが結婚なんてまだ早えよ!」
「そうだそうだ!まずギルドの全員倒してから申し込めってんだ!」
「お前はモニカのなんなんだよ!」
ギルドに普段の騒がしさが戻った。けど、話の中心にいるモニカは羞恥からかずっと顔を赤くしたままだ。
「オレ心配だったんだ!結婚したらモニカがこのギルド辞めちまうんじゃないかって!」
「そんなことしないよ!もし、誰かと結婚しても私はこのギルドにいるつもりだし、それを受け入れてもらえないならその人とは結婚しないし」
「よかったよかった!」
ナツは喜びのあまりモニカの様子におかまいなしに周りをウロチョロと駆け回っている。それにハッピーも加わるものだからルーシィは制止しようとイスから立ち上がった。
「もう、ナツ……」
ルーシィは「やめなさいよ」と言いかけて口を閉じた。
ラクサスがモニカを見つめている。優しげで、愛おしそうな表情で。
いつものラクサスからは想像もできない、そんな顔できるのかと思うほどで、ルーシィは思わず立ち上がったばかりのイスに座り直す。心の中で「早く告白しなさいよ!」とラクサスに怒鳴りつけながら、誰にもその叫びをぶつけられないもどかしさにただただテーブルに突っ伏すしかできなかった。