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「助けてくれてありがとう、モニカ」

 ギルドの酒場で言われたルーシィのその言葉に私は首を傾げる。感謝の言葉をもらうようなことをした覚えはない。

「えっと・・・・・・私なにかした?」
「あれ、覚えてない?あの不気味なフードの男の変な水魔法から助けてくれたでしょ」
「う〜ん?」

 不気味なフードの男の顔は思い出せる。今度こそ逮捕されたことはマスターから聞いた。なんでも以前のは水の魔法で作られた精巧な分身だったらしい。でも結局、男の名前や素性も知らないままだ。まあ別にどうでもいいことだけれど。
 でもそんな男からルーシィたちを守っただろうか。唸りながら記憶をたどってみてもよくわからない。

「ほら、あたしたちが洪水に飲まれたとき!」
「あっ!え?でも夢じゃ・・・・・・ないってこと?」
「あたしも夢かと思ったけど、確かにモニカが手を差し出してくれてそれを掴んだの!それで気づいたら湖の傍で倒れてたんだから」

 流されたのにあそこに居るのはおかしい!とルーシィは力説する。私は手じゃなくて誰かの頬に触れたような気がしてまた考え込んだ。そしてはっと、水の中でラクサスに呼びかけその頬に触れたことを思い出した。それに連なって溺れているみんなも水から引き上げた。というよりも私自身が水になっていたので、男の魔力が満ちた水からみんなのことを救い上げた。
 あの時のラクサスの驚いた顔、かわいかったなと思いをはせる。夢じゃなくてみんなを助けられていたのかと嬉しさもあった。

「それから、あの水竜もモニカだったんじゃないかってナツが」
「え?」
「咆哮からモニカの魔力を感じたって」
「それも夢かと・・・・・・」

 確かに私は自分が水竜になった夢を見ていた。咆哮も放った。でも不気味な男に向けて放ったつもりはなく、ただ嫌悪を感じる真っ黒な闇の塊に向けて放ったつもりだった。ルーシィたちには水竜が男に攻撃したように見えていたらしい。

「夢でも夢じゃなくてもあたしたちを助けてくれた。だから、ありがとう」
「そんな。ルーシィたちだって私のこと助けてくれたでしょ。記憶なくした時だってみんな寄り添ってくれてた」
「仲間だもん、当然」
「私だってそうだよ。ありがとう、ルーシィ」

 私はルーシィと笑い合った。記憶も戻ったし、魔法もまた使えるようになって日常が戻ってきている。今はまだマスターとポーリュシカさんからの助言で怪我と体調の様子を見ているけれど、もうすぐ仕事にも行けるようになるはずだ。

「じゃあ、あたしこれから仕事だから、行ってきます」
「いってらっしゃい!ナツたちにもよろしくね」

 待ち合わせ場所へ向かうルーシィへ手を振り、私は酒場の仕事に戻った。サボっておしゃべりしていたのはミラには内緒だ。テーブルを拭き、汚れた食器を下げる。そのまま裏に戻り、流しでたまった食器を洗うことにした。
 こんな時、水の魔法は結構便利で水を動かしながら洗剤を足し泡立たせ、そこに食器を入れていけば全自動で食器を洗える。手を使わなくていいのは結構楽で、私は片手間に食器を洗いながら、洗い終えた食器の水気を拭き取って棚にしまっていく。

「おい」

 もうすぐ全ての食器を洗い終える時に不機嫌な声が聞こえ私は慌てて魔法を使うのを止めた。でも止めたところですでに見られているため言い訳は出来ない。私は恐る恐るラクサスを見上げた。
 ラクサスは酒場で働いている私の様子をよく見に来てくれる。でも少し過保護気味でこうしてちょっと魔法を使うだけですぐに止めに来るし、表にいないことがわかると裏にまで私を探しに来た。今も私を探しに裏まで来たのだろうし、魔法だってまだポーリュシカさんから使用許可が出ていないのに使っているのを咎めているんだろう。

「ちょっとくらい大丈夫だよ・・・・・・マスターも簡単な魔法ならリハビリになるだろうって」
「じじいじゃなくて医者の言うことを聞いとけ」

 怒っている様子のラクサスに私は縮こまる。なにせこれが初めてではない。もう何度も使うなと言われている魔法を使っているところを見られている。しかもラクサスだけじゃなく雷神衆にも叱られていた。雷神衆のみんなは叱ったあと必ずラクサスに報告までするんだからさすがに過保護がすぎると思う。

「なに不貞腐れてんだ。お前が悪ぃだろうが」

 不満が顔に出ていたのか、ラクサスに片手で頬を潰される。そのままむにむにと無遠慮に頬を揉んでくるラクサスを睨むと、ふはっと小さく吹き出すように笑われた。

「間抜けな顔」
「らくさしゅが!」
「ははっ」

 両手でラクサスの腕を掴み、顔か引き剥がそうとするけどビクともしない。それが余計に腹立たしくてもう一度ラクサスを睨みつけた。余裕そうな表情で笑っているラクサスが私の頬から手を離す様子は全然ない。

「ここにいたのか。イチャついてる場合じゃないだろう、ラクサス!」
「ミラも探してるっていうのにこんなところでイチャついて・・・・・・まったく」
「時間に遅れた理由がイチャついてたからなんてポーリュシカさんにバレたらやべーな」

 それほど広くはない酒場の裏方にラクサスだけでなく雷神衆まで来てしまうととても狭い。しかもフリードもエバもビックスローも呆れたように私たちを見てため息を吐く。しかもポーリュシカさんの名前を聞いて今日が検診の日だったことを思い出した。

「ポーリュシカさんに怒られちゃう!」

 私が思わず叫ぶと、ラクサスはなぜか名残惜しそうにもう一度だけ私の頬を揉んでから手を離した。私は解放された頬を自分の手で揉みほぐしながらドア付近にいる雷神衆のみんなを押しのけ酒場に飛び出す。

「ミラ!」
「あらモニカ。どこにいたの?検診忘れてるんじゃないかって探してたのよ」
「忘れてた!行ってくる!」

 ミラと雷神衆に見送られ、私は急いでポーリュシカさんの家に向かう。隣には当たり前のようにラクサスがいた。
 ラクサスは最初の検診の時からずっと着いてきていた。どうしてなのか本人に聞くのは気恥ずかしくてエバに聞いてみたことがある。エバは「あんただってラクサスが大怪我おって、記憶なくして、魔法も使えなくなったら心配するでしょう?」と言っていた。私はそれを否定できず、ラクサスが検診についてくることを拒否したことはない。むしろ心配してくれていると考えれば嬉しかった。

「今日こそ魔法の許可が出ると思うんだ」
「だといいけどな」

 ラクサスと一緒に街中を走り抜けながら私は笑う。魔水晶をえぐり取られた傷は水竜になった夢を見た後、なぜか完全に塞がっていた。傷跡は微かに残っていたものの、魔力も完全に戻っている。これでポーリュシカさんから許可がもらえたら滅竜魔法がちゃんと使えるか試して、問題なければまたラクサスたちと仕事に行ける。
 不安は少しだけある。でも隣にいるラクサスを見ると胸が一杯になって不安なんて消し飛んだ。ラクサスの雷を見て記憶が戻ったんだから、これから何かがあってもラクサスが傍にいてくれれば私は大丈夫。

「ラクサス、ありがとね」
「はぁ?なにがだよ」
「秘密!」

 私は早くポーリュシカさんの家に行きたくて走るスピードを上げる。後ろから追いかけてくるラクサスに楽しくなって「あはは!」と笑いながら走り続けた。



END