「お怪我はございませんこと?」
目の前にいるなまえの顔を凝視したまま、僕は目を見開いた。
薬草を取りに裏山に来たものの今日も不運は絶好調で、流れは端折るけれどとにかく不運のせいで木から落ちた。そしてそこをちょうどなまえに見られていたというわけだ。
しかしなぜここになまえがいるのだろう。思いがけない出来事に返事もできないでいると、なまえは不思議そうな顔から心配するような顔に表情を変える。
「どこか痛みますの?」
「あ、いや……ちょっと驚いただけだよ。全然大丈夫」
地面に伏せたままだったことを思い出し、慌てて立ち上がりながら笑って見せる。なまえは小さく微笑んで「よかった」と呟いた。
「ところでなまえはどうしてここに?」
「くのいち教室で使っている薬草がもうすぐなくなりそうでしたので採りに来ましたの」
「そうだったのか。言ってくれれば保健委員からわけたのに」
「ありがとうございます。ですが保健委員も予算が少なく、自ら薬草の栽培と採取をしていると聞きましたわ」
「そうだけど……なまえが気にすることないのに」
「いいえ、なんだか申し訳ありませんもの。それに実は、今日たくさん薬草が採れたら伊作さんにおすそ分けするつもりでしたの。こんなところで会うなんてすごい偶然ですわね」
くすくすと笑うなまえのかわいらしさに思わず見惚れて、うまく返事ができず変な間ができてしまった。僕からの返事がないことを不思議に思ったのかなまえは首を傾げる。その仕草もかわいかったが、僕は誤魔化すようにへらりと笑った。
「よかったら薬草がある場所まで案内するよ」
「まあ、助かりますわ!」
「あ、でも一緒にいると不運が移るかな……」
「そんなことありません!」
突然、なまえに力強く手を握られ、思わず半歩後ずさった。そのことになまえが気づかないはずもなく、ぱっと手を離される。自分が悪いが寂しく感じた。
「やはりどこか痛めていらっしゃるのでは……」
「違う違う!ちょっと驚いちゃって」
「あっ……そうですわよね。急に手を握ってしまって申し訳ございませんわ」
どこかしゅんとして手を離したなまえに僕は勢いよく首を振った。それから意を決して改めてなまえの手を握る。
きっと顔は赤くなっていただろう。でも、なまえの頬がほんのり赤くなっていることに気づいてから、自分のことは気にならなくなった。
「じゃあ……行こうか」
軽く手を引けば、なまえははにかみながら頷き歩き出す。たったそれだけのことに叫び出したいほど嬉しくなって、下唇を噛み締めてこらえた。
僕はいつも通り不運に見舞われたけれど、その度になまえは笑って助けてくれた。薬草もたくさん採取できて、とてもいい日だ。
「なんだか初めてお会いした日のことを思い出しますわ」
「え?」
「あの日……伊作さんは穴に落ちていました」
まさかなまえが僕らが出会った日のことを覚えているなんて思いもしなかった。もう何年も前のことだけれど、僕にとっては忘れるなんてできない日だ。
「僕も覚えてるよ……なまえは穴に落ちてる僕を見て、目をまん丸にしていたよね」
「まさか人がいるとは思いませんでしたもの」
くすくすと笑うなまえは、なまえが呼んだ留三郎に助け出された僕を見て笑っていたときと同じ顔だ。笑い方が全然変わってない。
その笑った顔が頭からずっと離れず、それが不思議でなまえのことを考えていると胸まで苦しくなってくるのが怖くて、仙蔵に相談したことも思い出した。最初から仙蔵に相談しようと決めていたわけではないけど、調子が悪そうだと声をかけてくれたのがきっかけだった。
僕が一通りなまえのことを話し終えると仙蔵は一度頷いて「恋だな」と言った。
「伊作さん?」
いつの間にか目の前に来ていたなまえにはっとして、驚いた拍子に尻もちをつく。なまえは申し訳なさそうに手を差し出してくれた。
「ごめんなさい。驚かせてしまいましたわ」
「いや、僕の方こそ考えごとに夢中になって……」
「何か心配事でも?」
「ううん、そんなんじゃないよ」
仙蔵に恋だと教えてもらってからなまえを見かけるだけで心臓が騒がしい。今だって冷静を装うのに必死だ。こんなことを……なまえのことで頭がいっぱいだなんてことを、なまえに言うわけにはいかない。
「もし何かあるなら相談に乗りますわ」
「うん、ありがとう」
僕が笑いかけるとなまえは安心したように微笑んだ。それからすぐに背負っていた籠を僕に見せる。
「見てください!伊作さんのおかげでこんなに薬草が採れましたわ」
なまえの満面の笑みに僕は心臓が苦しくなって、僕は何度も頷くことしかできなかった。
本当に今日はとてもいい日だ。