あなた方は知っていますよね
友人と遊んでいたら、そのゲームの世界に入り込んでしまっていた。言葉にしてみても意味がわからない。しかも、私はいつの間にか死んだというのか、ゲームの登場人物の末の妹になっていた。神里家。稲妻という国の、名家のひとつだ。そこで私は生まれてから程なくして両親を病気で亡くした。兄は家を守ろうと必死だっただろう。姉もそんな兄を支えようと懸命に努力していたはずだ。もちろん私も、神事と文芸娯楽を管理する社奉行の家に生まれたからには、と一日中様々な稽古に明け暮れていた。
兄も姉も優しい。使用人たちもとてもよくしてくれる。特にトーマは友人として接してくれた。けれど、ゲームとしての知識があるからか私はこの生活が好きになれなかった。そもそもただの一般庶民が突然名家の娘になったところで何もかも上手くできるわけではない。家の外へ出れば、人々の評価する目が突き刺さる。優秀な姉とは2つしか離れていないこともあって、とても窮屈だった。
「だから家を出ました」
空とパイモンは食事することも忘れて私の話を聞いていたらしい。もちろん、この世界がゲームだとか、自分が転生者だとかは話していない。
私の話に聞き入っていた様子の旅人、空ははっとしたようにフォークを握ったままの自分の手を確認し、パイモンはすっかり料理が冷めてしまったことを嘆く。そんな2人の姿を見て私は笑った。
「それで……どうしてモンドへ?」
「自由の国だと聞いていたので。ここでの生活は私にあっているようです」
「家には帰らないの?」
パイモンは冷めてしまったもののそれでもおいしいモンド料理を食べながらも視線はずっとこっちに向けている。空は変わらず食事よりも私の家出の話に興味があるみたいだった。私は苦笑し、手元のアップルサイダーで満たされているカップに視線を落とす。
死を偽装したわけでもなく、私はただ一言「遠くへ行きます」とだけ書いた紙きれだけを残してきた。あの兄のことだ。終末番を使ってとっくに私の所在を把握しているだろう。それに神里家の者を知っている人が私の顔を見れば、すぐに血縁者だとわかる。空とパイモンが私に声をかけてきたのもそれがきっかけだった。それでも兄たちが迎えをよこさないのは私の意をくんでくれたからに違いない。
「今、私が家に戻っても家族を困らせるだけです。それにあの窮屈な生活には戻りたくありません」
顔を上げると、空とパイモンは二人そろって眉を下げている。その困惑した表情がそっくりで私は思わず小さく笑った。二人は私が笑ったことに余計困ったのか、顔を見合わせる。
「でも……オイラたちが稲妻で綾華たちに会ったときお前の話を聞いたぞ。すごく寂しそうだった……」
「トーマも会いたがってた」
「そうだぞ。みんな自分のこと責めるみたいなこと言ってて……お前たち、ちゃんと話し合った方がいいんじゃないか?」
う〜んと私は唸る。素直に帰りたくない。それに家のために頑張っている兄と姉、そしてその家から逃げ出した手前、申し訳なさがある。神里家のために生きていくのは私には無理だ。だから、帰れない。
「そんなことより」
「そんなことって……」
パイモンが顔をしかめた。けれど私は気づかないふりをして話を続ける。
「璃月に行きたいんです。連れて行ってくれませんか?」
「いいけど……どうして璃月に?」
「友だちでもいるのか?」
「はい。友人に会いたいんです。お金も貯まりましたし、家出した時は真っ先にモンドへ向かってしまったので。ちゃんと璃月を見てみたいんです。璃月でお金を貯めて、また別の国にも行きたいです」
そう、一緒にゲームで遊んでいた友人が璃月にいる。家出した直後に璃月の仙人になっていた友人が夢に出てきた。彼女が本当に璃月にいるのか未だに半信半疑だけれど、いてくれたら嬉しい。その存在を確かめるためにも私は璃月へ行きたかった。
「ひとりでも行けるんじゃないか?騎士団のやつらがお前の剣の腕を褒めてたぞ」
「道中、魔物に襲われる心配はしていません。でも旅はやっぱり誰かと一緒の方が楽しいでしょう?」
ね?と同意を求めるように空へ笑いかけると、空は少し悩んだ後こくりと頷いた。パイモンも異議はないようで、「よろしくな!」と笑う。
私はようやく一息つけるようになったと息を吐いた。それからようやくアップルサイダーを一口飲み、鹿狩り自慢のモンド料理へ手を伸ばす。ああ、早くフォンテーヌへ行きたい。top