帽子で顔を隠している⬛︎原だったが頭頂から伸びる一本のアンテナは、彼の感情を表すようにぐにゃりと曲がっている。

「おお……」

「な、なんですか……?」

視界が真っ暗な少年は彼女がどこに目をつけているものがなんなのかよく分かっていない。
名字は彼の頭に指を伸ばしてジッとアンテナの様子を観察した。

「その、頭にあるアンテナが……フフフッ」

チラリ、と帽子の位置をずらした⬛︎原は彼女に笑われたことが恥ずかしかったが、笑顔が見れたので笑われてもよいか、なんても思っている。

「あの、せんせ──」

「あ、⬛︎原君。もうすぐ次の授業が始まるよ」

彼が何かを言おうとしたが、それに被せるように彼女は時計に指をさしながら遠回しに保健室を去るように言った。

「……分かりました」

それじゃあ、と言って保健室を去ろうとした彼だったが扉に手をかけてから暫く動きを止めた。

「どうかしましたか? まさか、扉の調子が悪くて出られないとか……」

そう声をかけても彼は反応しない。数十秒後に彼は動き出し、彼女に近づいた。名字はなぜ近づいてくるのか理解できない様子だ。

「あの、⬛︎原君……なにを────」


したいのか、と言う前に彼は彼女の頬にキスをした。彼女はいきなりのことで頭が真っ白になり、キスした本人も思考が停止していたが我に返って自分のしたことに気付いたのか一目散に去っていった。


「(どうしよう、僕……)」

脱兎の如く逃げ出した⬛︎原は廊下で一人熱くなった頬に手を添えていた。
唇は金魚のようにパクパクと開閉を繰り返しており、誰がどう見ても混乱しているということは筒抜けだろう。

もう彼女が自分と顔を合わせてくれなくなるのだろうか。ネガティブな考えばかりがグルグルと頭を駆け巡る。

「(でも、可愛かったなあ)」

キスして我を忘れていた自分だったが一瞬だけ意識がハッキリとしていた時に見えたのだ。彼女の顔を思い出していくうちに、先程までの考えは意識の更に奥へと堕落していく。

「また怪我したら、僕のこと見てくれるのかな……」

絆創膏が貼られている人差し指を見て口元を綻ばす彼。そんな少年は自身の邪な恋心に気づいていながらも止められないものは止められない、とそんな考えに浸る。


「おーい、⬛︎原!」

名前を呼ばれて振り返ればクラスメイトが立っていた。恐らくはいつまでも教室に帰ってこない少年を迎えに行ってこいと先生に言われたのだろう。

⬛︎原は視線を合わせぬように帽子を深く被る。今行くよ、なんて言葉を吐きながら廊下を歩いた。だが吐き出した言葉とは裏腹に、その足取りは軽いものではない。
それはまるで、彼女と離れたくないという思いが彼が足を動くことを拒んでいるように見えた。