01:こんな出会い方もある


 俺の通う学園は少々……いや、かなり特殊だ。
 それなりに歴史のあるここは進学校としてもそれなりに有名である。
 かといって通いたいと思う人間がわんさかいるかといえば、そんなことはまったくなかった。
 ただでさえ男子校で女の子との出会いの場を制限されるってのに、全寮制となれば余計機会が減ってしまうわけで。しかも交通の便が悪いというからなおさらである。
 つまりここは学校生活に潤いを求める男子が好き好んでくるような場所じゃないのだ。
 そのうえ学費やらなんやらが無駄に高いから、出会いの場を捨ててブランド名を選ぼうとする人もなかなかいないのが現状で。
 だから集まるのはお金持ちのボンボンやら物好きばかり。特待制度に目をつけてって人もいるが、基本的にはそんな感じだった。

 かく言う俺もそれなりに裕福な家庭に生まれたため、ステータスアップにとこの学園の門をくぐったのが約4年前。中学生の時だった。
 当初は男子校特有の――まあ他校はここまで酷くないだろうが――恋愛事情について行けず、頭を抱える日々を送ったんだが……そこは流石は人間というやつで。今では特殊な環境にも慣れ、むしろそれが当たり前と感じている自分がいたりする。

 まあ、俺のことはさて置きだ。


「………、」
「…………」

 続く沈黙。
 眼下には散乱する紙と、それに埋もれる生徒の姿がある。
 どうしてこうなったのか、なんて、そんなことはいちいち考えなくてもわかる。
 ただ彼が階段を踏み外し盛大にコケただけ。
 そしてその光景を偶々俺が目撃してしまっただけである。
 本当なら俺は慌てて彼に駆け寄り安否を確認しつつ、散らばってしまった書類を集める手助けをしなきゃならないんだろうけど――いかんせん相手が悪い。

 思考を止め、確認の意味を込めてもう一度彼に目を向ける。
 今度はじっくり見た。

 倒れている生徒は制服の所々にあしらわれた学年カラーを見る限り1つ上、3年生であることがわかる。
 身長は俺より高そうで、体格は細マッチョというやつ。髪は黒でサラサラだった。
 後姿とオーラがコイツはイケメンであると訴えてくるが、コケる瞬間に見えた顔は間違いなくイケメンだったのでそうなんだろう。
 目つきは鋭かったが、不良顔というわけではなかった。意志の強そうな目ってやつだろうか?
 とにかく総合的に見てカリスマって言葉が似合いそうな感じ。
 ――っていうか、あれだ。

 (やっぱり生徒会長だよなあ、この人……)

 一向に起き上がらない会長を観察し終え、最初と同じ結論に至った俺は1人うんうんと首を上下に振った。
 カリスマが似合いそう、じゃなくて実際そうなのだ。
 恋愛的な意味を含め、高等部一誰よりも人気な生徒会長、蓮見彰吾(はすみしょうご)。
 俺様で高慢で男前で、なにをさせても完璧にこなしてしまう超有名なあの人が今、俺の眼下で転がっている。
 ただでさえ恥ずかしい現場を目撃してしまったというのに、相手が会長様となると余計申し訳ない気分でいっぱいになる。

 (とりあえず手伝った方がいい、よな?)

 動かない会長に変わり散らばったものを集め、しゃがみ込んで会長の前に差し出す。

「あの、これ」
「……」
「あの会長? 大丈夫ですかー?」
「……」
「かいちょーう――って駄目だ」

 完全に固まってらっしゃる。
 それほどショックを受けたということだろう。まあ無理もない。放心状態を貫く会長を見れば見るほど不憫になってきてしまう。
 もしや転んだうえ、しかもそれを俺なんかに目撃されたという事実を高いプライドが邪魔して認められずにいるのだろうか……?
 それなら俺は早々に立ち去った方がいいのかもしれないが、このまま放っておいたら他の生徒にまで見られてしまう可能性がある。
 親衛隊なんかに見つかったら幻滅される場合もあるし、会長の名誉のためにもそれだけは避けてあげるべきだろう。

 会長会長と呼びながら肩をゆすったり叩いたりすれば、やっと我に返った会長がガバッと勢いよく起き上がった。

「て、ててててててててて……!!」
「手……? あの、大丈夫ですか?」
「ててててめえっ!? 俺が階段から落ちたところ見て!?」
「いますけど。あ、大丈夫ですよ。言いふらしはしませんから」

 パニック状態の会長に淡々とそう告げてから、手にしていたそれを差し出す。

「そんなことよりもこれ、どうぞ。全部回収しましたから」
「え、あ…ああ……じゃなくてだな!?」

 会長が受け取ったのを確認すると、俺は何事もなかったように立ち上がった。
 未だ混乱中の会長自身は納得いかなそうに反論の声を上げるけど、気にせずその場で一礼した。

「じゃ。次は気を付けてくださいね」
「ちょ…おい、!? てめえ待ちやがれッ!!」

 と言われて待つ人間は大概いない。
 会長には申し訳ないが、次は特別塔の教室で授業なのだ。流石にそろそろ向かわないと俺が遅刻してしまう。
 それに俺は一般生徒でしかも後輩。会長と会う機会なんてそうあるわけがない。
 どうせこの場限りの付き合いなんだから、会長も忘れて教室に向かえばいいのに――ってそうか。プライドの問題か。
 まあどの道俺には関係ないよなと、後ろの方で叫ぶ声を無視してそのまま足早に歩く。

 授業はギリギリ間に合った。
 席に着き教科書をぺらりとめくりつつ、教師の声をBGMに俺はなんとなく先程の出来事を振り返ってみる。
 よくよく考えてみれば俺はすごいところを目撃してしまったのではないだろうか?
 会長がコケたことにもびっくりだったけど、慌てふためく姿も驚きだった。
 キレてるところは想像しやすいけど、あんな姿は普段からじゃ想像できないし。

 (それにしても、会長がなあ……)

 あの会長が階段から転ぶなんて、そんなこともあるんだなあとしみじみ思う。
 どんなにスペックに違いがあっても、やっぱり同じ人間ということだろうか?
 まさかこんな形で会長に人間味を感じることになるなんて思いもよらなかったが、ちょっと得したような気分にもなる。まあそう何度も味わいたいとは思わないけども。

 とにもかくにも会長と俺――大久保彼方(おおくぼかなた)のファーストコンタクトは薄いんだか濃いんだかよくわからない、そんな微妙な濃度であった――。




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