● メリー・マリーに水精がふる
一言で言えば、タイミングが悪かった。それに尽きる。タイミング、運、つまりは巡り合わせが悪かったのだ。もう少し、時間がずれていたら。或いは、わたしがあの電話を取らなければ。わたしの心中は今、つい先程の自分の浅慮に対する後悔にその大部分を占められていた。後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。事実、わたしの取ってきた行動の一切はもう、覆すことは出来ない。後悔と諦念を込めて、わたしはこっそりと小さくため息を零した。
......さて、わたしは食料を買い込み、暫く安全かつ快適な引きこもりライフを謳歌しようと決意を固めたはずだった。そう、そのはずだったのだが...なぜこんなところで予想だにしなかった人物と対面することになっているのだろう。わたしは内心で自問自答を繰り返していた。平たく言えば現実逃避である。...目の前の状況を受け入れてしまえば面倒事に巻き込まれる。わたしの第六感がそう告げていた。
「蘭さんと園子さんのご友人なんですね。...初めまして、安室透といいます」
目の前には、ニコニコと若干胡散臭さを感じる笑みを浮かべる金髪の男性が一人。......何がどうしてこうなった、これまでの経緯を思い返してわたしは遠い目になった。
事の発端は数十分程前の園子からの電話だった。
『もしもし、棗?』
「園子ちゃん?...どうしたの、何かあった?」
「ううん、別に何かあったわけじゃないんだけどさ。あたしたち今帰りでね、もし棗が暇だったらこれから三人でお茶しない?」
家に引きこもってたけど園子から電話で呼び出される。呼び出された先がポアロでまさかのエンカウント。
「ポアロにしない?この前イケメンの店員さんが新しく入ったのよね」
「ふーん...そんなにかっこいいの?」
「確かにかっこよかったよ。色黒で金髪で目が青くって...」
「ねぇ蘭、その説明だと外国人みたいじゃない?」
「(色黒...金髪...うーん...もしかして)本当に外国人みたいだね、その人」
まさか、とは思うが頭の中でその考えは打ち消す。降谷はトリプルフェイスを使い分ける多忙な身である。態々米花町でアルバイトなんてする理由があるとは思えない。...と、思っていたのだが。
「いらっしゃいませ」
「あっ、安室さん!咲良ちゃん、この人が、さっき言ってた...」
「蘭さんと園子さんのご友人なんですね。...初めまして、安室透といいます。よろしくお願いしますね、咲良さん」
まさかがまさかだった。
「(うわあやっぱり...)初めまして、安室さん。此方こそ、よろしくお願いします」
(胡散臭っ...っていうか何で此処に?)
ニコニコと浮かべる笑みも、大抵の相手には快活そうな印象を与えるであろう明るいトーンの声音も、“降谷零”を知っているわたしからすると胡散臭さしか感じないのだ。きっと何も知らずに“安室透”としてこの人と出会っていればただの好青年、という印象を持つだけで済んだのだろうけれど...残念なことにわたしは彼の持つ他の顔を知っている。確かに“降谷零”自身も好青年と言われるような人物ではあるだろうが、...ここまで愛想のいい人物ではない。というか、スーツ姿でいるときよりも更に年齢不詳である。私服にエプロン姿で喫茶店でバイトをしているところを見て、初対面で彼の実年齢を当てられる人物はきっといないだろう。...本人には言わないが、大学生だと名乗ってもバレないに違いない。
「ちょっと降谷さん、どういうことですか」
「...やっぱり聞きに来ましたか...大丈夫ですよ、彼女達に危害を加えるつもりはありませんから」
「どういう目的で、わざわざ米花町に?...組織関連ですか」
「何方も...とだけ、言っておきましょうか。後はご自分で」
「へぇ...いいんですか、こんなに簡単にヒントを与えてしまって」
「貴女なら何れは答えに辿り着くでしょうからね...」
Title:天文学