Report 2

目が覚めるとあと数分で飛行機は着陸予定だった。
アイマスクを前髪を気にしつつつ、おでこまで上げて博士の方を向くと、既に起きていてアイマスクと同じ付属品の雑誌を眺めていた。
表紙には独特な造りの塔が描かれている、少し目を凝らしてみると【ジョウト地方の歩き方】と書いてある。
頭からアイマスクを無造作に外すと、博士が「おはよう」と挨拶をしてきた。
 
「現在カントーでは朝の七時らしいね」
 
腕まくりして、手首の時計を眺めたので、私も身体を傾けて時計を覗き込む。
出発前にカントー地方の時刻に合わせてきたらしい、短針が七の文字盤を指している。
とすると、大体そっちに着くのは八時位。
午前中にカントーに着いて、午後からは移動か何かするのだろう。
 
身体を戻して欠伸をしつつ小さく背伸びすると、節々が音を鳴らした。
エコノミー症候群に悩まされ、寝ている間も足や首の痛みで何度目を覚ましてしまい、正直寝た気がしなかった。
身体を横にして寝れるベッドが恋しくてたまらない。
 
「あはは、慣れないと辛いよね」
 
「博士は慣れてるんですか?」
 
「ボク?ボクは昔シンオウに行った時も機内泊したからね、でも大分昔だし今は慣れてないに等しいよ」
 
博士もエコノミークラス症候群に襲われていた。
私の前だから見栄を張っていたらしいけど、無理はよくないねと苦笑いした。
肩の荷が下りたかのように「ふう」と溜息をすると、伸びをする博士。
そのまま肘を掴んで二の腕を伸ばすようにストレッチをしている。
そこは関係ないのでは、と少々疑問に思う。
 
「やっぱり寝た気がしないね、少し浮遊感あるし」
 
そりゃ……本当に飛んでますからね。
浅い眠りとはいえ寝たお陰で飛行機で過ごした半日はあっという間だった気がする。
実際は凄く長いのだろうけども。
 
なんとなく窓の外を見ると、寝る前とは違って明るい日差しが差し込んできている。
空は青空だ。
普段見ることのない空の風景を眺めていると、機内アナウンスが流れた。
これから着陸体制になるそうだ。
 
「いよいよカントーだね」
 
「はい。何かドキドキしてきました」
 
「ボクもだよ」
 
外していたシートベルトを着用するようアナウンスされ、腰にベルトを着用する。
 
「飛行機降りる時、また人が沢山動くからボクから離れないでね」
 
「はい」
 
まだ見知らぬ場所。
そこにはどんなポケモンがいるのだろうか。
博士が言っていたミュウというポケモンに会うことが出来るのだろうか。
飛行機が高度を下げる度に初めての場所という期待と緊張で胸のドキドキが高まる。
手汗が少し滲んできた手をギュッと握って膝の上で拳を作った。
 
もうすぐ、もうすぐカントー地方なんだ。
 

***

 
「やー、オーキド博士!お久しぶりです!」
 
「おおー、プラターヌ博士。お久しぶりですな」
 
飛行機が空港に着くと我先にと人がぞろぞろと降りていく中、私ははぐれないよう必死に博士の手を握っていた。
というより、また握られてきた。
人の流れに合わせるように入国審査をして、手早く終わらせて空港のロビーに向かった。
博士が目指した先には一人の老人がいた。
彼があのオーキド博士らしい。
雑誌などで何度か見たり聞いたりした事はあるが実際に会うのは初めてだ。
 
「こちらが新人助手のナマエです」
 
「えっ、と…ナマエです!よろしくお願いします!」
 
お辞儀をして挨拶するが、ぎこちないのが自分でもわかった。
そのぎこちない動きにボキボキと音が聞こえてきそうだ。
オーキド博士の「ほうほう」と感心しているような声が聞こえた。
 
「君がナマエくんか。話はプラターヌ博士から聞いておったぞ。なんとも、カロス地方のチャンピオンだとか」
 
「数年前の話です。今は違います」
 
数年前に私はカロス各地のジムに挑戦し、最後にポケモンリーグのチャンピオンと勝負し見事勝った。
新しいチャンピオンという事でパレードまで用意された。
博士に祝福の言葉を頂いたのも、もちろん覚えている。
が、私はチャンピオンの座を守る事より博士の助手になる事を選んだ。
そのため、チャンピオンの座は元チャンピオンだったカルネさんに返却した。
カルネさん本人は私がチャンピオンを辞めることに残念そうな顔をしていたが、これも私が自分自身で決断したことだ。
後悔は勿論していない。
 
「プラターヌ博士も良い助手を持ったものだのう」
 
「ええ!彼女が助手にきてくれて、本当に助かってます」
 
プラターヌ博士の褒め言葉に照れて、恥ずかしさに下を向く。
自分では足手まといなのでは、と思っていたがそう言われて素直に嬉しかった。
 
「さて、立ち話もこれくらいにして、ワシの研究所に行くとするかのう」
 
空港の駐車場に車があるから、マサラタウンにあるオーキド博士の研究所までそれで移動するらしい。
また乗り物か、と博士達に気付かれないように小さく溜息をつく。
 
「ナマエ、まずはオーキド博士の研究所に行こう。そこで今日は勉強だ」
 
「は、はい…っ」
 
疲れてるのを察したのかプラターヌ博士に私の背中を軽く押されて無理やり歩かされる。
何だか博士はカントーに着いてから生き生きとしている。
きっとこれから始まることに楽しみを感じてモチベーションが上がっているのだろう。
その元気を分けてほしいな、と思いながらも空港を後にした。
 
小型トラックに乗り込むと、オーキド博士の研究員の人と思われる人が運転をし始めた。
プラターヌ博士は私の隣に座っていて、オーキド博士と何やら小難しい話をしている。
まだ知識の浅い私には理解できず、外の風景を楽しむことにした。
 
見たこともないポケモン、写真でしか見たこと無いポケモンを見かけると、本当に異国の地に来たと実感する。
中にはカロス地方でも見かけたポケモンもいる。
なんだかカロスが懐かしく思えてきた、実際旅に出て三日も経っていないのに。
空を見ると、様々な飛行タイプのポケモンや虫ポケモンが飛んでいる。
もっと近くで見てみたいが、しばらくはお預けのようだ。
 
「ナマエ、カロス地方では見ないポケモンばかりだね」
 
話は終わったのか、プラターヌ博士が私に声をかけてきた。
私は耳だけをそちらに向けて、視線は窓の外から離さない。
 
「はい!もっと近くで見てみたいです!」
 
「ははは。そんなに焦らなくても、オーキド博士の研究所に行けば沢山のポケモンに会えるよ」
 
「本当ですか?楽しみです」
 
博士だから、やはり初心者トレーナー用のあの三匹はいるのだろうか。
一体どんなポケモン達が待っているのだろう、と今からワクワクする。
 
「ここから道が荒れるから、頭をぶつけないようにな」
 
オーキド博士の言葉に頭上のアシストグリップを掴む、しばらくしてガタガタと車が揺れるような荒道に入った。
ずん、と突き上げるような揺れ僅かにお尻が浮いた。
何が起きたのか目をパチクリすると、恐怖感が遅れてやってきてグリップ両手で握り直した。
身体を突っ張らせながらも早くこの荒れた道が終わることを祈った。
 

***

 
それから数時間後に、ようやく目的地についた。
 
「ほれ、着いたぞ」
 
アサメタウンほどではないが、マサラタウンに近づけば近づくほど田舎道で、ガタガタと揺れる車でお尻がいたい。
頭をぶつけるのではとヒヤヒヤしていたが、大丈夫だった。
シートベルトをしてなかったら、今頃山道に放り出されていたかもしれない。
カロスでもこんなに荒れた道はそうそう無い。
 
「大丈夫かい?ナマエ」
 
先にトラックから降りたプラターヌ博士が腰を抜かしている私に手を伸ばす。
彼もあの荒道に耐えられなかったのかもう片方の手で腰を抑えている。
そんな博士にグイグイ引っ張られながらもやっと車から降りる。
まだ身体はガタガタと震動しているように感じる。
 
「はい、ありがとうございます…」
 
とは言うものの、飛行機での疲れもあってかダメージが大きい。
それなのにあのオーキド博士はピンピンしてる。
大物だからか、それとも慣れなのか。
恐らく後者、恐るべし。
 
「長旅で疲れたじゃろう。少し休んでから見学するといいぞ」
 
「そうさせてもらいます」
 
プラターヌ博士は力なく笑うと、オーキド博士の後を追った。
私もヨロヨロと少し遅れて二人の後を追った。