「ついにこの日がやってきたの。」
「はい。ダンブルドア先生、今まで大変お世話になりました。」
門出の日に相応しい晴れやかな空。
何処までも続く蒼穹を眺めしっかりと目に焼き付けるようにじっと見つめる。この時計台からの景色は、もう二度と見ることはないだろう。
「アリアが卒業とは、実に寂しい。」
「いずれ会う機会もありましょう。ですがもう二度と、私がホグワーツに足を踏み入れることはありません。」
吹き付ける風が悪戯に私の髪を巻き上げる。
卒業後、私は小さな個人店を経営することにした。日常使いの薬草から上級魔法が必要とされる難しい薬品まで、多岐にわたるニーズに対応するお店。既にあらゆる分野からお声が掛かっているため不安はない。
セブルスはといえば、数年研究所で薬学の勉強をした後にホグワーツの教員になる予定だと聞いている。原作のようにスリザリン贔屓の陰湿な先生にならないことを祈っておこう。
「おぬしがこの時代に生を受け、類稀なる才能を余すことなく発揮し、未来永劫輝かしい功績を残したことに心から敬意を表しよう。」
「身に余る光栄です。」
ダンブルドアが杖をひと振りすれば、ふわりと花びらが舞い私の腕の中は百合の花でいっぱいになる。彼の意図する意味合いに深く首を垂れると、もう一度眼下に広がる景色へと顔を向ける。
私が知りえる未来とは大幅に変わってしまった世界。
これから先どのような出来事が私たちを待ち受けているかは知ることはない。最大の武器であった知識は二度と通用しないのだ。
それでも、この選択が正しかったのだと思いたい。
頬を流れる雫は拭われることなく伝っていき白百合の花弁へ弾けていった。
「ねぇ、アリアいいだろ?これだけ誘ってるんだ、一回くらい食事にでも行こうよ。」
「ジャン、悪いけどそんな暇ないの。他の子でも誘って行って来たらどう?」
「君がいいんだ。ランチでもディナーでも、君の望みに合わせるから。」
肺の底から吐き出した溜息は目の前の彼には聞こえないらしい。
軌道に乗り始めたお店の経営は中々で、常連さんやお得意様もできそれなりに毎日忙しく生活している。中でも最近頭を悩ませているのがこの彼。何が彼の心を射止めたのか、度重なるアプローチに正直手を焼いているのが現状だった。
「これでもお付き合いしてる人がいるの、あなたにも悪いわ。」
「君に恋人?つくならもっとマシな嘘をついてくれ。毎日仕事に追われてデートに行ってる様子もないじゃないか。」
それについてはぐうの音もでない。
成績優秀なまま卒業したポッターはといえば、流れるように魔法省へ就職を決めエリート街道を歩み始めている。まだまだ下っ端の彼は覚える業務も多いようであちこちに顔を出し忙しない生活をしていると噂で耳にした。彼からくるふくろう便には、端的にいうに愛の言葉と私に会いたいということしか書かれていない。仕事のことや身の回りの現状ひとつ書いてこないところは実に彼らしいと思う。
そんなわけで卒業以来、まともにポッターとは会っていない。
「とにかく、今は仕事が一番だから他を当たってくれる?」
「待って、俺は本気だ。」
広げていた薬草をまとめ背を向ければ、肩を掴まれ身体が反転する。私の腕から零れ落ちた薬草が足元へ散らばるが拾うこともままならない。
「やめて、ジャン…これ以上したら、あなたを二度とこのお店に招けなくなる、」
「アリア、」
熱に浮かされたように私を見つめる彼には言葉など通じない。少々手荒くはなるが最終手段、とポケットの杖を振る前に私に覆いかぶさっていたジャンが吹き飛んだ。驚愕のあまりぺたん、とその場に座り込めば黒いローブがはためき私を庇う様に目の前に立った。
「悪いけど、アリアは僕の恋人なんだ。君には渡せないよ。」
「……うそ、」
久しぶりに見る恋人の姿にただ瞬きを繰り返す。
振り向きざまに私へウィンクをすると、壁にぶつかり目を回しているジャンのもとへと歩き出していった。どうしてポッターがこの場にいるのかなんて考えている場合じゃない。弾かれたように彼のローブの裾を掴む。
「待って、ポッター。彼に酷いことしないで、」
「そんなことしないさ。……ただ少し、記憶はいじらせてもらうけどね。」
忘却呪文が聞こえたと思えば、ぼんやりとした表情のジャンがはっと私たちを見つめる。今まで自身に起きていた出来事など何一つ覚えていないように、むくりと立ち上がり左右を見渡して状況を把握しようとしている。
「すまない、アリア。寝ぼけてたのかな、ちょっと立ち眩みが…」
「え、っと…そうね、なんだか体調も良くないみたいだし、一度家へ帰ったほうがいいんじゃないかしら?」
「…そうだな、そうする。そこの彼は?」
「初めまして、僕はジェームズ・ポッター。アリアの恋人さ。」
「っ、そ、うなのか…。じゃあ、アリア…」
「えぇ…その、気を付けて、」
ふらふらと歩き出すジャンへ手を伸ばしかけそっと下ろす。私が彼にしてあげられることなど一つもない。扉がぱたんと閉じるまで見送るとほっと息を撫で下ろした。
「……久しぶり、アリア。ずっと会いたかった」
ふわりと抱き締められ全身が弛緩していくのがわかる。存外私も彼に会いたかったのだと自覚し頬が火照るのを必死で耐えた。
「アリアは本当に隙が多いよ。気が気じゃない僕の身にもなってほしいよね、まったく。」
大袈裟に溜息を吐きながら私の首筋へと頭を押し付けてくる。確かに今回のことは警戒心の足りなかった自分が悪いと思うので素直に反省しよう。
「それにしても、連絡の一つはあってもよかったんじゃないかしら?突然でびっくりしたのよ。」
「驚いた君を見たくてね。」
「ほんと、相変わらずだわ。」
邪魔はしない、との約束のもと私が働く姿を店の片隅で静かに眺める彼。何が面白いのかにこにこと楽しそうに私を目で追っているが、あいにく構っている暇がなくそのままにしておく。お客さんからは「じっと見つめてる彼、あなたの恋人?」なんて度々聞かれ恥ずかしいったらない。
「やっぱりアリアのことが好きだなぁって再確認した一日だったよ。」
私が好きで堪らないという顔をしながら小さくキスを落とされれば文句の一つすら出てこなかった。
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