あのジェームズ・ポッターと恋人同士になった。
その事実に間違いはないし自らの意志で決断したことなのだから後悔もしていない。しかしそれに伴う弊害は思いのほか私へと降りかかってきた。
「一体どんな手を使って彼を誘惑したの?」
あぁ面倒くさい。
女という生き物はどうしてこうも群れて、寄って集るのか。
「貴女如きがジェームズと肩を並べようなんて、おこがましいにも程があると思わない?」
「本当よね。しかもスリザリンの分際で。」
姦しく喚きたてるのは百歩譲っていいとして、進行の妨げになっているこの状況は大変いただけない。リリーと待ち合わせをしているためこのままでは待たせてしまうことになる。
「そんなにポッターのことが好きなら、もっと彼に振り向いてもらえるよう努力すべきだったんじゃない?」
「…なんですって?」
「同じグリフィンドールにも関わらず選んでもらえなかった可哀想な人達、としか私は思わない。退いてくれる?」
「……っ!調子に乗らないで!!」
頬を掠めた閃光によりはらりと髪が床へと散らばる。煩わしさに髪をかき上げ杖を振れば、彼女たちの杖は持ち主の手を離れ私の元へと真っ直ぐに飛んできた。慌てたように騒いでも実力差は歴然。彼女たちと私では実戦も能力でも差がありすぎる。
「…っ、杖を返しなさい、アリア・スネイプ!」
「甲高い声で喚かないでくれるかしら?頭に響くのよね。」
「〜〜〜!貴女みたいな人がどうして彼と…っ!」
ずっと見てきたのに、とかき消えそうな声でぽつりと呟くと両手で顔を覆ってしまった。真ん中に立つ彼女を慰めるように両隣のグリフィンドール生が肩へ手を置き声を掛けている。
どうして私がジェームズ・ポッターと付き合うことになったか。切欠はきっとあの戦いの夜の出来事なのだろうが、軟化した彼の態度に私が絆されていったというのが一番大きな要因であるように思う。
そもそもポッターは、いつから私のことが好きだったのだろう。
「そこまでにしとけよ。騒ぎがでかくなる前に引いとけ。」
「……シリウス・ブラック。」
気怠げな雰囲気で頭を掻きながら現れたのは、まさかの人物。悪戯を吹っ掛けられることが少なくなってからは彼からの接触は全くと言っていいほどなく、なんだか久しぶりに姿を見る。
「シリウスは何も思わないの?こんな子がジェームズと付き合ってるのよ?」
「そうよ、あなたからも何か言って!」
いつの間にか矛先が私から彼へと移り変わる。
女の子に囲まれるのは慣れているのか、絶妙な手腕であしらいながらもある程度は耳を傾けているようで。少し経つとガシガシと乱暴に後頭部に手をやり面倒くさそうに彼女たちと距離を置いて私の方へと向かってきた。
「おい、持ってる杖寄越せ。」
「随分上から目線ね?人に物を頼むときは、もう少し態度を改めるべきじゃない?」
「俺はどうでもいいが、あいつらがギャーギャー五月蠅いから仕方ないだろ。」
「…まぁいいけど。」
投げ渡した杖を見事にキャッチするとそのまま流れ作業のように背後の彼女たちへ杖が移動する。杖が手元に戻っても尚、私を糾弾し続ける彼女たちは学ぶということをしないのだろうか。これ以上揉めるのも本意ではないため、握った杖を構え呪文を唱えようと息を吸う。
「ジェームズがこいつを選んだんだ、誰も何を言う立場にねぇよ。」
「……それは、でも…っ」
「これ以上こいつに何かすれば、ジェームズはお前たちを許さないだろうな。あいつがウザいくらいお熱なの、知ってんだろ?」
ちらりと私へ視線を向けると、掌をひらひらと振り早くどこかへ行けとばかりに端正な顔を歪めている。言われるまでもないので、この場は彼に任せさっさと立ち去ることにした。
「ねぇ、アリア。どうして僕に黙ってたの。」
「なんのこと?」
誰もこない小難しい本ばかりが並ぶ図書館の奥。
一人静かに文字を追っていれば読んでいた本が取り上げられ強制的に意識を向けさせられる。ムッとしつつ取り返そうとポッターに手を伸ばしても、全身で怒ってます、とばかりに表現する彼に閉口するしかない。
「今日、うちの寮の女の子たちに絡まれてたんだって?。」
「そうだったかしら?覚えてないわ。」
「まさかシリウスからアリアの話題が出るなんてね。」
「(密告したわね、あの駄犬…。)……少し話をしてただけ。別に報告する義務もないでしょうに。」
「話?それは君の髪が短くなってることに関係してるのかい?」
伸ばされた手がゆっくりと頬をなぞる。手の平が頬を包みながらも、指先が触れる場所は本来なら存在していたものを示唆しているようで。
「……僕以外が君を傷つけるのは、嫌なんだ。アリアは、僕のなのに」
懇願するように腕の中へと閉じ込められてしまえば抗う手立てなどありはしない。ぎゅうっと力いっぱい抱き締めてくるものだから身じろぎ一つできず困り果てる。
「わかった、わかったわ。次からはちゃんとあなたに話せばいいんでしょう?とりあえず離れて、」
「やだ。絶対に離さない。アリアはいつだって誤魔化してはぐらかすじゃないか。」
「それは…その、悪かったわ、ごめんなさい。」
「今回が初めてじゃないんだろ?」
「まぁ…そうね。」
学年首席で有言実行の目立ちたがり、顔もそれなりに整っていて尚且つクィディッチのエース様とあれば女の子たちが放っておくはずもない。妬み嫉みはそれなりに受けてきたけれど、わざわざポッターに告げ口する必要性も感じなかった。自分で対処できていたし、なんとなく予想していたことなので特に感慨も湧かない。
「……僕はアリアの恋人、だろ?」
「もちろん、交際している恋人同士だと認識しているけれど。」
「ただでさえ寮が違って一緒に居られる時間も少ないのに、君になにかあったことを他人から知らされることほど虚しいことはないんだ。」
「…ポッター、」
「ごめん、でも君の全てを僕が独占したいって思ってる。」
押し付けられていた胸元から引き離されそのまま見つめ合っていると、ゆっくりと顔が近づいてくる。キスされる、と認識すると同時に自身の口元を両手で覆い隠した。
「ちょっと、アリア。今すごくいいところだったじゃないか、この仕打ちはないと思わない?さぁ手を退けて。」
「嫌よ。だって、手を離したら…その、キス…するでしょう?」
「それはもちろん!」
「…はじめてなの。」
「……え?」
「……っだから、キス、はじめてだから恥ずかしくて…」
なにを純情ぶっているのだという話なのだが、それとこれとは話が全く違う。ヴォルデモートのことやセブルスのことでいっぱいいっぱいだったため、恋愛などしている暇なんてなかった。
この年になるまでセブルスやルシウス先輩以外の異性と触れ合う機会などほとんどなかった私には刺激が強すぎる。最近やっと抱き締められても心臓が痛くならなくなったところなのに。自分がこんなにも恋愛音痴だとは思いもしなかったのだ。
「…?どうしたの、ポッター。胸なんて抑えて。どこか具合でも悪いの?」
「……いや、自分の汚れた心を反省していただけさ。」
「…よごれた?」
「あー、気にしないで!こっちの話!」
「?そう。」
取り上げられていた本が手元へと戻ってきたため、ページを捲り最後に読んでいた章を探す。視線を感じ左隣を見れば、頬杖をつきながら私をじっと見つめる態勢を取っているため不審に思い声を掛ける。
「あなたは読まないの?」
「僕は別に。アリアを見ている方が楽しいからね!」
「変な人。」
「あれ?読まないの?」
「寮に帰ってからにするわ。聞きたいことも思い出したし。」
「聞きたいこと?」
開いてばかりの本をぱたりと閉じ机の隅へと置く。身体ごと横を向きポッターへ意識を向ければうんと距離が近くなったように思う。
「あなたって、いつから私のことが好きだったの?」
「えっ!」
「前にずっと好きだったって言ってくれたわよね?ずっとって、いつから?」
「あー…その、うーん……」
目に見えて動揺し始めるポッターを見ていると、容疑者を尋問する裁判官のような気持ちになる。くしゃくしゃの髪を更に乱しながら、ズレてもいない眼鏡のフレームを触り落ち着きがない。確かに突拍子もない質問だった気もするけれど、そんなに狼狽えるようなことだろうか。
「……あんまり言いたくないんだけど、」
「別に言えないなら、無理にとは言わないわ。」
「無理っていうか…その、君に引かれそうだし、……あー、」
「引くって…今更でしょう。」
「……うっ、わかった、白状するよ。でもこれで別れるとか言われたら僕は一生立ち直れる気がしない。」
「はいはい、わかったから。早く。」
彼がそこまで渋る理由が気にならないはずがない。なんだかちょっとワクワクしながらも急かせば、罪を告白する罪人のように重たげな口が開いた。
「……一目惚れ、だったんだ。」
「……え?でも、初めて会ったのって、」
「そうさ。ホグワーツ特急でコンパートメントに戻ってきた君を見て僕は一目で恋に落ちた。でも、」
「…でも、私が、」
「初対面なのにあんなに嫌われた理由がわからなかった。まだ名前もなにも知らないのに、」
あの日のことを思い出しているのか、ポッターの表情が暗く沈んでいく。
セブルスのことしか頭になかったあの頃の私からすれば、彼は一番の悪であり憎い存在であったことは変えられない事実。彼があのまま成長していたのならば、今私とこうした関係になっている可能性はゼロに等しい。
「…だから、嫌われているならせめて君の意識の片隅にでも残りたいって思ったんだ。」
「あの執拗な嫌がらせはそういうことだったの?」
「自分でも子供じみた行動を取ってた自覚はあるさ。でも、他に方法なんて思いつかなかった。」
「ポッター、」
「君の一番はどう頑張ったってスネイプで、それ以外は見向きもしない。全幅の信頼を置かれて無条件に愛してもらえる関係。…心の底からスネイプを羨ましく思ってたよ。」
自嘲気味に告げられていく言葉のひとつひとつが胸を締め付ける。塞き止めていたものを一気に押し出すように、ポッターからの重く熱烈な愛の告白が濁流の如く襲い掛かる。情報の処理が追い付いてこず、上手く気持ちが整理できなくなってきてしまった。
「アリアのことを嫌いになろうとして色んな姿を見ていても、寧ろ感情が増していく一方だった。それに、」
「まって、待ってちょうだいポッター…っ!これ以上はいい、やめて…」
「待ってって…君が聞いてきたんじゃないか。」
「もう充分よ、そんな風に言われるだなんて思ってもみなかったもの…、」
とにかく彼がずっと私を想っていてくれたのは充分に理解した。まさかあの出会いの時から私を好きだったなんて誰が想像するだろう。
頬と言わず顔や身体全体が燃えるように熱い。火照りを冷ますようにパタパタと手で仰いでも気休め程度にもなりはしなかった。
「じゃあ君は?アリアはどうして僕と付き合ってくれたんだい?」
「え、」
「僕だけに言わせるなんてずるいじゃないか。」
彼の言い分は尤もであるが、これについては自分でも疑問に思っているため答えられない。ポッターはといえば期待を込めてキラキラと瞳を輝かせながらずいずいと顔を近づけてくる。
わからない、と正直に答えようものなら拗ねて面倒くさいことになるのは火を見るよりも明らかだった。
「……また今度、気が向いたら。」
「その気は一体いつ向くのさ!今だよ、今!」
ワーワーと騒ぎ立てる気配を察知したマダム・ピンスの介入により、図書館を追い出されたことで事態は収拾した。
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