小さな幸福
苗字名前、22歳。音大4年生。
私この度、幽霊を拾いました。


「わっしょい!!」


何故かよく食べる幽霊を。




「あ、あのう…煉獄さん?」
「なんだ!」
「お味噌汁、もっと作りましょうか…?」
「…もらおう!!」


お化けってご飯食べるんだっけ。
と、キッチンへ向かいながら本日何度目だろう自問に首を傾げた。
何はともあれ、今日もらって帰ってきた大量のさつまいもの消費先が見つかったのは思いがけない幸運ではあったけれど。

見えるし、触れるし、声は大きいし、力士並の大食漢だし、本当にこの人は幽霊なのか甚だ疑問であるものの、昨晩見事に不審者扱いされた手前、昨日の今日で試すのは些か気が引ける。
夢のこともあるが、悪い人には到底見えないというのも現状を受け入れている大きな理由だった。


当分は居候という今後の方針が決定した私たちは、現状のごとくまずは朝食とすることにした。
「腹が減った」と言う煉獄さんにもしかしてと食パンを一枚焼いて出してみたら、当然のごとくぺろりと食べてしまわれたので、慌ててキッチンに立ったという経緯ではあるが。
幽霊というより、もういっそ普通に人間として扱った方が、今後逐一驚かずに済みそうではある。

食パンは煉獄さんにお出しした一枚が最後だったし、大正時代の方ということで和食が良いだろうと、ご飯を炊き、冷凍してあった鮭を焼いて、昨日もらったさつまいもで味噌汁を作ったところ、ありがたいことに大層お気に召していただけた。謎の歓声まで上げて。
聞くところによると、どうやら偶然にも煉獄さんの好物だったらしい。
二人分、というのがよく分からなくて両親の在宅時と同じく三人分の量を作ってしまったものの、味噌汁の鍋が空っぽになる頃にも煉獄さんの食べるペースは衰える気配もなく、冒頭のやり取りに至った次第だ。
生きていける程度には生活力が身についていて、本当によかったと思う。日々レッスンや課題に追われる私に、両親は『いつでも家政婦さんを雇っていいからね』と凡そ一人暮らしには過ぎた生活費を毎月通帳に入れてくれるけれど、貴重品の多いこの家に他人が出入りするというのはなんとなく落ち着かず、結局ずっと自炊生活だ。その甲斐があったというものである。


「苗字」
「ぎゃっ!?」


土のついたさつまいもを丁寧に水洗いしていると、突然視界に映った黒い影と声にびくっと跳ね上がる。
おずと振り返れば、「すまない、驚かせるつもりはなかった!」と言う割には本当に悪いと思っているのかいまいち分からない表情で仁王立ちする煉獄さんの姿がった。


「気配のなさだけは幽霊なんですね…」
「いや、それは恐らく仕事柄だろう。気配を勘付かれるようでは柱など勤まるまい!」


それはそれは、大変なお仕事である。
確か、人間を食べる鬼を斬る仕事だと言っていたか。決して信じていない訳ではないものの、あまりにもファンタジーなそれに現実味が沸かないのも事実だ。
ちなみに柱とは、簡単に言うと鬼狩り組織の幹部…のような人たちのことらしい。
そうですか、と相槌を打った私は、改めて煉獄さんを見上げて首を傾げる。


「何かご用でしたか?」
「うむ、暫く世話になるのだから、何か手伝えることはないかと思ってな!」


思いもよらない申し出に思わず目をぱちくりさせる。
こう言ったら失礼だろうけれど、案外気が回る一面もあるのかと驚いた。時折会話が嚙み合わないし、少し…否、かなり?変わった人だと思っていただけに。
煉獄さんはキッチンの中をぐるりと見渡しながら、「なるほど、これがこの時代における調理場か!やはり全然違うな!」と感心していた。


「煉獄さんも、お料理されるんですか?」
「いや、家のことは千寿郎に任せきりで、俺は家事の経験がほとんどない」
「千寿郎?」
「ああ、弟だ」
「おとうと!」


弟さんがいたとは。意外……ではないか。立派にお兄様をしている煉獄さんの姿がありありと目に浮かぶのだから。
どこか優しげにその眦を細めながら弟さんの話をする煉獄さんを見て、ああ、すごく仲の良い兄弟だったんだな、と微笑ましく思った。


「弟さんの髪と目も煉獄さんと同じ色をしているんですか?」
「うむ、煉獄家の男子は代々こうだぞ!」
「遺伝子強すぎません…?」


詳しく聞くと、煉獄家のお嫁さんは妊娠中に大きな火を定期的に見るしきたりがあるらしい。
それによって生まれてくる男の子は皆同じ、焔色の色素を持っているのだとか。妊娠中に火事を見ると痣のある子が生まれる、という有名な迷信がある一方で不思議な風習だ。
感心しながら洗ったさつまいもを適当な大きさに切っていると、煉獄さんが物言いたげに手元を覗き込んできたため、ああ、と顔を上げる。そういえば、手伝いに来てくれたのだった。


「それじゃあ、もう一枚鮭を焼くので、冷凍庫…ええっと、その大きな箱の一番下の引き出しから、凍った鮭を出してくれませんか?」
「わかった!」


指を差しながらとはいえ、普段当たり前に使っているものを説明するというのもなかなか頭を使う。私が馬鹿なだけだろうか。
しかし、今後家に煉獄さん一人という状況も当然あるだろう。家の中の設備は一通り使えるようになってもらわなければ。
煉獄さんは迷う素振りもなく冷凍庫を開けると、一切れずつラップした鮭をあっさり取り出してくれた。
以前、江戸時代の侍が現代にタイムスリップしてくるドラマを見たことあるけれど、元いた時代との発展の差に逐一大袈裟に驚いては逐一突飛な行動をしていたあれはやっぱりドラマだったからなんだなあ、と考える。案外、苦労せずこの時代に適応してくれそうだ。


「それじゃあ、せっかくなので火の使い方から覚えましょうか」


しかし、楽観的な考えとこの言葉を、私はものの数分後に後悔することとなる。




***




追加分の朝食が出来上がった頃、私はすっかりげっそりとしていた。


「わっしょい!わっしょい!」


そんな私の向かいでは、煉獄さんがやはり謎の歓声を上げて味噌汁を頬張っている。
冷凍ストック用にと4合は炊いたはずの炊飯器は、今しがた煉獄さんによそった分で空になった。多めに作った味噌汁がなくなるのも時間の問題だろう。


まさか、まさか。
煉獄さんが、あそこまで料理のできない人だとは思わなかった。
……いや、料理…というより最早あれは怪奇現象だ。
「動作一つで点火できるとは便利になったものだ!」と感激する煉獄さんを、タイムスリップってこうだよねぇと微笑ましく思っていたのは本当に束の間だった。

煉獄さんがコンロのスイッチを入れた途端、何故かフランベの如く炎が燃え上がったのだ。微笑ましい気持ちが萎むのも無理はないと思う。
慌てて火を消したため被害は壁が若干焦げた程度で、火災報知器が鳴ってご近所の噂になることは避けられたものの、今日ほどIHにしなかったことを後悔しなかった日はない。マンション購入時にIHかガス火か選べたのだが、父が『鍋を振って料理がしたい』と謎の主張をしたために現在の仕様となった話は余談である。お父さん、料理できないのに。
そして、ただならぬ味になりそうだった味噌汁も取返しがつかなくなる寸前でそれを阻止し、気づいた。

この人にキッチンは使わせてはいけない、と。

しかしながら、本人に全く悪気がない以上それを正直に言うのは憚られて、きっと弟さんも同じ苦労をしたのだろうと会ったこともない弟さんに内心同情した。
そういう経緯で煉獄さんは、遠回しなキッチン出禁を言い渡されたのだった。


「ご飯食べ終わったら、まずは家の中を一緒に見て回りましょうか。大正時代と仕様が違うものがまだあるでしょうし」
「だが、君は学生なのだろう?出かけなくていいのか?」
「今日は日曜日なので授業はありませんし、レッスンしてくれる先生も不在なので行く必要がないんです。自主練なら家に設備がありますし」
「そうか。ならば頼むとしよう!」


そんな会話を挟み、再び食事に向き合う煉獄さんの食べっぷりを飽きずに眺める。
珍しく自分まで朝食をとって空になった食器が視界の端に映りつつ、やっぱり食事は誰かと一緒にした方が美味しいのだと、久しく忘れていた小さな幸福に私は自然と頬が緩むのを感じた。




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