劣勢を強いられていた戦いは炎柱の救援によって一気に好転し、瞬く間に終結を迎えた。


「ほんとにすげえよ、柱ってのは」


心からの尊敬を露わにしつつ、しかしそれでいてどこか寂しげに。そう言いながら荒れた村の瓦礫の撤去作業に勤しむ隠の男性は、片腕が半分麻痺しているようだった。
隠とは大抵、最終選別を脱落した者か、主に怪我などを理由に前線を離脱した隊士だと聞いたことがある。この方も、恐らくはそういうことなのだろう。
まるで対して自分は無力だとばかりに背中を丸め、せっせと瓦礫を拾い集めるその姿に、もやっとしたものが胸中に広がった。


「すごいのは隠や一般隊士も同じです。きょ…炎柱様が到着するまでの間、人々の命を守ったのは紛れもなくあなた達なのですから、もっと誇るべきです」
「お前、何言って……」


確かに柱とは偉大な存在だ。
しかし、そんな偉大な力を持ってしても、誰かの支えなしには無力にだってなり得る。
今日だってそう。杏寿郎さんが到着するまでの間、誰一人として死者を出さなかったのは、隠たちが速やかに住民を避難させ、何人もの隊士たちが強敵を前にしても怯まず持ちこたえたお陰だ。
賞賛されるべくは、決して柱だけではない。
――彼もきっと、そう言うだろう。


「私は今日初めて現場に同行しましたが、鬼殺隊とは本当にたくさんの人達の力で成り立っている組織なのだと、肌で感じることができました」


だから、無力だと思わないでほしい。己を恥じないでほしい。


「誰かを守らんと行動する人たちは皆、等しく尊いのです」
「な……っ」


見開いた双眸が私を捉えると、抗議混じりのそれを意に介さずにっこりと笑い返す。
やがて、はあっと大袈裟なため息が聞こえてきた。


「お前…柱自身がそう言ってくださるならともかく。他の奴らが聞いてたら不敬だってシバかれてたぞ」
「あら、それは恐ろしい」
「……新人の癖に生意気だな……ま、励まされたと思って有難く受け取ることにするよ。怪我で戦えなくなって落ち込んでたのは確かだからさ」


ありがとな、と私の頭をひと撫でするその掌は、剣で出来た肉刺だらけで分厚い皮膚をしていた。杏寿郎さんと同じ、人を守る尊い手だ。
不意に己の手に視線を落としてみると、そこにはやはり、ただただ世間知らずで真白な柔い手があるのみで。私の存在意義とは何なのだろうと、今考えても仕方ないことを思ってしまう。

そんな最中、「ほら、口より手ぇ動かせ」そう言われたことで我に返り、慌てて作業を再開したのだった。




粗方の事後処理を終えた頃にはすっかり朝陽が昇っていた。
多数の怪我人の手当に慣れない力仕事。夜通しの作業に情けなくも体は疲労を訴えている。
目の前のことをこなすのに必死で、本来の目的などすっかり頭から抜け落ちていた、そんな時だった。


「それにしても煉獄さんってあんなにもお強いのに人柄は穏やかで全く偉そうじゃないし、ほんと非の打ちどころがないって感じよね」


何人かが村の最終確認に回り、残った私たちには待機命令が出されていた最中だ。隠の一人がそんなこと言い出して、その場は杏寿郎さんの話で持ち切りとなった。と、そこで私も漸く本来の目的を思い出す。
――情報集めならば、仕事がひと段落着いた今が狙い時だろう。

しかしながら、悪いところなんて一つもないとばかりに口々に”炎柱様”を賞賛するその会話が耳から耳へと抜けていき、一体誰の話をしているのかと不安になってきた。
これが”前”の私だったならば、その通りだと頷いていたことだろう。
《誰からも慕われる炎柱様》がその実は、自分の強みを全て理解した上で時に手段を選ばず姑息な手も平気で使うような男だったなど、私も出来ることなら知りたくなかった。つい先日も、茶屋の誘いをいつものごとく用があるからと断った私に、「義父上によると今日の予定は特に何もないとのことだぞ。よもや、由緒正しき苗字の者がそんな嘘を吐くはずもあるまい。何かやむを得ない事情があるのだろうな」と笑顔で捲し立てた彼にまんまと乗せられて、結局数時間外出するはめになったのだ。少し前まで父と母のことは名前で呼んでいたのに、いつから義父義母になったのか。という突っ込みは最早精神を消耗するだけなので考えないでおいておく。そして父よ、娘の日程を他人に漏洩するのはやめていただきたい。
ああ、思い出しただけで疲れてきた。
話を聞き出す機会を伺いつつ、目の前の会話に耳を傾ける。


「この間街で任務帰りの煉獄さんに偶然出くわしたのですが、こちらに気づくや快活な挨拶と労いのお言葉をくださいましたよ。お疲れだったでしょうに、逆に私が元気づけられてしまいました」
「なんて素晴らしいお人柄」
「まさに理想の上司……」
「でも、なぜ任務帰りにわざわざ街へ?」
「なんでも、ご婚約者様に贈り物を選んでいるからと」


ぎく。と、唐突に自分が話題に登場して、思わず跳ね上がってしまった。
これだけ敬愛されているのだから、形ばかりといえど婚約者という立場は妬みの対象になりかねない。まさか私自ら正体を明かしでもしない限りは知られることもないだろうものの、なぜか喉が締まるような息苦しさが感じられた。なるほど、杏寿郎さんが言っていた、私は嘘が下手というのはこういうことか。


「ああ、お噂の!」
「相変わらず仲がよろしいようで羨ましい限りです」

「……えっ?」


しかし、思っていた方向とは全く逆方向に話が進み、思わず素っ頓狂な声を上げた。
それは思いの外響いてしまったらしく、今まで沈黙を貫いていた私に皆の視線が集中する。


「あ、え、ええと……ご婚約者がいらっしゃったんだなあと……」

「そういえばあなたは新人でしたね、知らなくて当然かもしれません」
「煉獄さんのご婚約者様の話は隠の中でも有名なのですよ!」


何それ、初耳ですが。
苦し紛れに紡いだ言葉によって想定外の事実が発覚する。

まさか、鬼殺隊の内部には先手を打たれていた、と?
こうなることまで予想していたとは、どこまで用意周到なのだろうか。
ずるい、ずるすぎる。公私混同反対。


破談話が発端で鬼殺隊にまで内輪話が漏洩しているのなら、それはそれで由々しき事態だ。杏寿郎さんに抗議する権利は十二分にあるだろう。


「で、ですがそれは、最近急に浮上した話なのでは?情報操作の可能性も――」
「いいえ?」


が、掘り下げようとした私の言葉を一人があっさりと否定した。


「もう何年も前、それこそ煉獄さんが鬼殺隊に入隊された直後からご婚約者様の話は度々出てきていましたよ」
「度々と言ってもなかなか話してもらえませんがね、一つ一つのお話があまりにも浪漫的なので隠たちの間でこっそり語り継がれているのです!」
「私の好きな逸話は山躑躅の刺繍のハンカチの話かしら」
「あの一件でハンカチ流行りましたよね」
「私はご婚約者様から手紙が届いた時の表情に毎回うっとりしてしまいます」
「わかる」
「時間が許せば鴉にご婚約者様のご様子をお聞きになっていますよね」


………。
ちょっと待って。さっきから一体何の話をしているの───と言いたいところであるが、残念ながら口々に語られる”煉獄杏寿郎・婚約者伝”には思い当たるものばかりで、いよいよ頭痛がしてきた。
山躑躅のハンカチは西洋文化に倣ったもので、杏寿郎さんが最終選別に行く前、その御身を案じて私が刺繍を入れて贈ったものだ。まさか今日ここでそれを思い出すとは思わなかった。
手紙の返事は仕事中の夜間だけを避ければいいと思って送っていたが、そうではなかったと言うことだ。そして、昔から我が家の鴉とやたら親密だなと思っていたら、そんなことをしていたのか。


「あっでも、今聞いた話はあまり口外しないでくださいね。煉獄さんご本人もご婚約者の情報が知れ渡るのはあまりよく思っていらっしゃいませんから」


一通り喋った後、語りすぎたとばかりに慌てて声を潜めて補足した隠にもちろんですと頷く。口外も何も…である。
むやみやたらと言い触らしているわけでもないという事実までもが発覚してしまえば、この件に関しては打つ手なしだ。
この様子では、他の女性関係などの可能性を聞いたところで顰蹙を買うだけだろう。


ふう、と息を吐いて気を落ち着ける。
すると、「大丈夫ですか?」と一人から問い掛けられたので、なんのことかと首を傾げて見せた。

が、次いだ言葉に思わず引き攣った顔までは、制御することができなかった。


「さっきから顔が真っ赤です」



人とは何故、自らの感情を選ぶことができないのだろう。
気づかないふりをしていた、こそばゆいような思いを指摘されたようで、私はひどく動揺した。


だって、だって、今聞いた話の中ではまるで―――。
”煉獄杏寿郎の婚約者は、彼から有り余るほどの愛を受けている”ようではないか。


他者の目に映る”私”があまりにも幸せそうで、自分が許嫁としてではなく、恋人のように一人の女性として愛されているのだと、錯覚してしまいそうになる。
最後まで”煉獄杏寿郎の婚約者”を全うして死んだ前世の自分を、肯定してしまいそうになる。


頬を冷ますようにパチンと両手で弾くと、「大丈夫です、初めてのお仕事だったので疲れちゃったみたい」と誤魔化した。

しばらく杏寿郎さんのことを考えるのはやめよう。


そう思ったのも束の間。
天はどこまでも私の味方をしてくれやしなかった。


「?あれは、煉獄さんと――煉獄さんが助けた村長のご息女では?」
「あ、本当。まだお帰りになっていなかったのね」


皆につられて視線を向けると、少しだけ離れた場所で、杏寿郎さんと先の討伐で逃げ遅れた彼女が寄り添って歩いていた。
向こうからは恐らく死角なのだろう、こちらに気づく様子はない。瑞々しい愛嬌を惜しげもなく織り交ぜた満面の笑みで杏寿郎さんへの好意を露わにする女性――否、少女と言うべきか。そんな彼女の甘く愛らしい笑みに、杏寿郎さんはにこやかに応えていた。

自分の間の悪さに眩暈を覚える。
咄嗟に目を逸らしたものの、よくよく考えてみると、これこそ私の望んだ展開ではなかったか。

あの二人の様子に興味があるのだろう、誰一人としてその場を離れようと提案しないのを幸いにして、徐々にこちらへ近づくその会話に聞き耳を立てた。


――刹那。


「っなぜです……!」


今の今まで楽しそうにしていた空気はどこに行ってしまったのか。
突如上がった少女の悲痛な叫びに、その場の空気が一瞬で凍り付いた。




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