もしや、杏寿郎さんの心は鋼か何かで出来ているではなかろうか。否、もしやではなくこれは確信だ。
今日一連の流れを思い返しても、そもそも今日に至るまでの彼の打たれ強さを見ても、そう判断するに十二分な材料は揃っているだろう。

そして、思い返しては沸き起こる疲憊。遅刻作戦は失敗に終わり、買い物で振り回す作戦も結果は思わしくない。
休憩しようという杏寿郎さんの提案に頷いて茶屋に入ったはいいが、もう本当に後がないのだ。のんびりお茶している場合ではない。ここで何かしらの結果を出さなければ、今日一日が無駄になってしまう。

杏寿郎さんとの会話そっちのけで脳内でため息を吐いていると、またもや杏寿郎さんが私を覗き込もうとしたので、今度は俊敏に反応して慌てて顔を上げる。
そういえば、『好みじゃなかったか?』と聞かれていたんだった。


「名前?」
「……えっあっ好みじゃないはずないじゃないですか!…や、やっぱり高いものは美味しいです〜!」


うそだ。そんなこと思っていない。その言葉こそが安い。
そもそも普段の買い物時ですらあまり値段を気にしたことがないというのに、今更判断材料を値段だけに絞って満足できるはずがないのだ。

菓子楊枝で小さめの一口大に切り分け、ぱくりと口内へ放り込むや、広がる柚子の風味。なるほど、柚子餡だったのか。旬ではないどころか真逆の季節だ。どうやら仕入れ困難による高値だったらしい。それに加えて高級感を出すためふんだんに使われているこの金箔こそが、店一番の高額菓子であられる理由なのだろう。
…うん、決してまずい訳ではない。まずくはない、が、………正直に言おう。自分で注文しておいて最低極まりないけれど、私は元々あまり柚子風味が得意ではないのだった。香りは好きなのだ、しかし口にするとなるとそれはまた別の話であって。
《食べ物を粗末にするべからず》と昔から厳しく躾けられてきただけあり、どうしても食べられないようなものではないけれど。ただ、自業自得すぎて情けないながら、せっかく茶屋にきたのだからもっと食べたいものを食べればよかったな、と勝手に注文して勝手に後悔している間抜けがこの私である。

やや引き攣った笑顔のまま最初の一口を胃に落とし、続いてもう一口、と楊枝の先に乗せたそれを再び口へ運んだ。――否、正確には、運ぼうとした。


「なっ……!?」
「うむ、うまいな!もう一口もらえるか?」


ニッコニッコと、それはそれはご機嫌に、太陽の下で無数の向日葵が躍っているかのような眩しい笑顔を見せてくださった杏寿郎さんの口には、私が今まさに自分に運ぼうとした菓子楊枝の先端が収まっていた。絶句である。


「お、お行儀悪いです!」


思わず顔を真っ赤にして窘めたけれど、私も私でそういう話ではない気がする。
そもそも、鋼の精神を持ち合わせた杏寿郎さんが私ごときの説教を意に介すはずがなく、何を言われているのかわからないとばかりなお顔でわざとらしく首を傾げてみせた。全然可愛くないからやめた方がいいですよそれ。


「頼む、もう一口!後生だ!」
「ええ……そんなにですか」
「そんなにだ!」


どこを見ているかわからない瞳で強くお願いされてしまうと、なんだか怖いものがある。やれやれと嘆息しつつ、手中の小皿からもう一口分を切り分け、待っていたとばかりに大口を開ける杏寿郎さんに食べさせてやった。自分で食べればいいものを、変なところでものぐさというか。
子供の頃、よくおやつ時に『食べさせてくれ!』とせがんできたな、と懐かしい記憶がふと脳裏によみがえる。普段はお兄様風をぴゅうぴゅう吹かせているくせに、おやつの時だけは私がお姉様になったような気がして得意げになっていたものだ。閑話休題。


結局その一口では終わらず、「もう一口頼む!」「あと一口だ!」と駄々を捏ね続ける杏寿郎さんにめんどくさがってはいはいと練り切りを放り込み続けていれば、小皿にちょこんと鎮座していたそれはたちまちなくなってしまった。空っぽの小皿に視線を落とすや、目が点になる。


「すまない、全て食べてしまった!」
「いいですよお気になさらず…」


ちょっと残念な気持ちで食べてしまっていたものだし、杏寿郎さんに食べてもらえた方が練り切りも本望だっただろう。
ただ、そんなに気に入ったのなら自分で新たに注文すればよかったのでは、と思わずにいられない。つい懐かしさあまって促されるがままに口へ運んでしまったけれど、これはこの歳でやることではないだろう。
やれやれと、二度目のため息を吐いていれば、横から「では、俺からもお返しをしよう!」と強制系らしき声が聞こえてきた。…うん?


「むぐっ!」


嫌な予感がして杏寿郎さんに慌てて顔を向けた、刹那。こちらの意思確認を盛大に怠った杏寿郎さんによって、口の中に何やら柔らかいものが押し込まれる。
これは、みたらし団子だ。甘く煮たお醤油の風味が幸福感を絡めて絶妙に広がっていく。
言いたいことは山ほどあるが、好物の一つであるそれをお裾分けされるのは悪い気がしなくて、ちゃっかり味わいながら咀嚼した。我ながら現金すぎる。


「…おいしいです」
「それはよかった!ほら、こちらも食べるといい!」
「んんっ!!」


私の反応で更に気を良くしたらしい。私が一口だけ齧ったみたらし団子の残りは全て杏寿郎さんに吸い込まれると、今度は別の皿のどら焼きを手に、またもや私の唇へ押し付けた。

そして、その後も自分が注文した大量の甘味を一口ずつ有無を言わさず私の口の中へ突っ込んでは、自分もうまいうまいと残りを平らげる。それは結局、注文したものが一通りなくなるまで続いた。

一口ずついろんな種類のお菓子を食べられるというなんとも得をしたような心地に、いつの間にか私の方も満更ではなく杏寿郎さんからの所謂”あーん”を受け入れてしまっていた。
――が、それが間違いだったと気づいた頃には時既に遅しで、店中のお客さんやら店主やらの視線がこちらに集中していることに気づいたその時、私のご機嫌な破顔は瞬時に青褪めていく。


「なっなにするんですかまったく!」
「食べ終わってそれを言うのか!」
「だって杏寿郎さんが言わせる隙を与えてくれなかったじゃないですか!」


『あらあら』『仲良しだこと〜』『若いっていいわねぇ』などなど、心の声が駄々洩れな周りの微笑ましげな空気に顔を真っ赤にしながら今更な説教をする私。一方、現状に気づいているにもかかわらず、恥ずかしがる素振りは一切なく堂々としている杏寿郎さん。
周りの方々に『はしたない』と不快感を示している人がいなさそうであることは僥倖だったものの、私だけきいきい怒っているその様に余計あたたかな視線を向けてくれるのはやめていただきたいと心底思った。




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