「住民の避難は終わりましたか?」
「はい。怪我人はそちらで別の隠が手当をしています」
「そうですか、了解しました……――ところであなた、初めて見る顔ですが、新入りですか?」
「………ま、まあそんなところです……!」


黒、白、黒。目元以外を覆いつくす頭巾に、背には隠の文字。
濡れにくく燃えにくい性質でできたこの服装は、前線で活躍する鬼殺隊士とほとんど同じように作られた特殊なものだ。
私は今、隠の隊服を着て、鬼に襲撃された村で住民の避難誘導に勤しんでいる。




『私が隠に?』


とある日、父に呼び出された私は、その口から聞いた思わぬ言いつけに首を傾げた。
向かいで腰を下ろした父は、そんな私にしかと頷いて見せる。

その話とは簡潔に言うと、私が隠として数日間現場に潜入しないかという提案…否、命令だった。
《鬼殺隊を支えることが苗字という家紋の存在意義》であるとしている私たち一族は、次期当主となる者がひと月ほど隠として隊に貢献しなければいけないしきたりがある。
しかし、前述の通りそれは次期当主に限る。次代でその役目があるのは弟の和彦だ。

どうして私が――そんな疑問は私が問い返す前に父から解消してくれた。


『お前も炎柱の未来の妻として、鬼殺隊の情勢をその目で直接確かめるべきだ』
『ですから私は炎柱の妻にはなりません!お父様も許してくださったでしょう!』
『だが、先方も破談は認めていないのだから、このまま煉獄に嫁ぐ可能性も残っているだろう』


感情的に捲し立てる私に反し、父は眉一つ動かさなかった。

ああ、なるほど。どうやら父は、私に煉獄家に嫁ぐ者としての自覚を持たせたいらしい。
この口振りでは私の嫁入りは確定前提なのか。最初は渋々ながらも破談を認めてくださったのに、これはあんまりだ。
”前”にこんなことがなかったのも、私が破談と騒ぎだした故の説得手段だからなのだろう。

ぴきぴきと額に青筋が浮かんでいく中、しかし、とある考えにぴたりと動きが止まった。

隠とは隊士の後方支援を目的に結成された部隊だ。単独で任務をこなす一般隊士よりも圧倒的に鬼殺隊上層部――柱との接触も多いはず。
つまり、だ。
杏寿郎さんの情報を探るのに、これ以上の好機はないだろう。

反射的に怒鳴り散らしてしまいそうだった気持ちを鎮め、にこり、と笑みを形作って父を改めて見据える。


『いいでしょう。未熟者ながら精一杯やらせていただきます。…ただし、私からの条件を聞き入れてくださるのなら』




そうして暫し隠として鬼殺隊内部に身を置くことになった私。

私が父に出した条件は二つ。
一つ、私の潜入について煉獄家の人間には報せないこと。
二つ、現場で私の身分は秘匿すること。

一つ目は私の意識改革が目的なのだから問題ないと判断され、二つ目に関しては元々苗字の者が鬼殺隊に入る際は徹底していることだったらしい。
なんだそんなことかとばかりに二つ返事でそれらを承諾してくれた父に後悔しないでくださいねと内心ほくそ笑んだのは僅か二日前の話だ。


しかし、現場に入ると余計なことを考える余裕など瞬く間になくなった。
今まさに複数名の隊士たちが討伐に当たってくれている鬼はここからは見えないものの、怪我人の多さや村への被害の深刻さから状況は思わしくないことが伺える。
死者が出ていないのがせめてもの救いだ。

幸い私も、苗字家の者として万が一の時役に立つようにと幼い頃より怪我人の手当など最低限のことは学んでいた。たまに怪我をしたままうちに来る杏寿郎さんにしか役に立っていなかったそれが、いざ現場で使えると感慨深さを覚えてしまう。


『久しぶりだな、名前!』

『お帰りなさいませ、杏寿郎さ――って血だらけではないですか…!』

『ああ、これはほとんど負傷した仲間を運んだ時についたものだから心配いらない!』

『ですが、左腕に滲んでいる血は杏寿郎さんのものでしょう』

『む、鋭いな!さすが俺の婚約者だ!』

『…手当はしてもらったのですか?』

『大した怪我ではないから必要ない!』

『なくありません!ほら、手当しますのでこちらにいらしてくださいまし』



基本的に我が家に来る時はきっちりと身なりを整えてくる杏寿郎さんだけれど、たまにこういったことがあったのだ。当時は何の疑問も抱かずに慌てて手当したものの、結局あれは一体なんだったのか。

しかし、そんな一瞬の雑念はこちらに駆けてきた別の隠の声によって掻き消された。


「報告します!敵の攻撃圏内に逃げ遅れた住民一名!」
「なんですって!?」


背中に嫌な汗が流れる。
避難させた住民はあれが全員ではなかったのか―――。


「負傷した隊士も既に多数います!」


生々しく耳に入る報告や、後方で避難している住民たちの悲鳴や泣き声が、急に鮮明になって耳の奥へと響き渡った。
こんなことが日常茶飯事で起きているなんて。こんなことが、現実だなんて。
家の手伝いで安全圏から隊の支援をするのと、実際に戦いの場を目にするのとではわけが違う。だからこそ、我が家には後継者が自ら一度隊に入るというしきたりがあるのだろう。


取り残された人が、負傷した隊士が、亡くなってしまったら。あの鬼を、倒すことができなかったら――。
どうしよう。今すごく、不安だ。
あんな軽い気持ちで、父の命令を引き受けてはいけなかったのだ。


「救援はまだですか!」


辺りが騒然とする、そんな刹那だった。


びゅんと、目にも止まらぬ速さで私たちのすぐ傍を走り去った影――否、影というにはあまりにも熱く、まるで炎を纏った虎が駆けていくかのような重圧感だった。

あれは―――、

考えるもなく、答えが出る。


「この娘を頼む。怪我はしていない」


時間にして僅か数秒後。
気を失った女性を横抱きにして、再び炎の中から現れたその人──《炎柱様》は、彼女を私たちに託すが早いか、仲間が戦う場へと消えていった。
すかさず女性を介抱しつつ、柱の到着に今の今まで緊迫していた空気がたちまち安堵に包まれていく。それは私も例外ではなかった、が。

戦地へ戻っていく前の刹那の合間に、一瞬だけこちらを捉えた焔色の瞳。
明らかな怒気を孕んだそれが鬼に対してのみの色でありますようにと、一見当たり前ともいえるそんなことを、どうしてか願わずにいられなかった。




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