Prologue-03



「断っっ固として反対します!!!」


黒燐城、応接間。壁には茨の魔女の肖像画が仰々しく鎮座する格式高き広大な空間の端から端まで、セベク・ジグボルトの大声量が響き渡った。


「せ、セベク……少し声量を落としてもらえるかしら……」
「はっ、失礼いたしました!ですがやはり、コレット様おひとりで国外の学園へ通われるなど、到底容認できることではありません!どれだけ危険な試みか……!」
「でもお祖父様にも女王陛下にも許可はいただいたのよ。私なら大丈夫だろうって」



激しい雷鳴が轟いた直後、シルバーはいつまでも呑気なコレットとリリアを引き連れ慌てて城へ向かった。
そこには先程コレットが去ってから一ミリも動かずに応接間で佇むマレウスの姿。それも城の従者すら声をかけられないほどの畏怖を齎す不機嫌の色を、その美しいかんばせに湛えて。

コレットが入学許可証を持って黒燐城へとやってきた時、当初のマレウスは大いに喜んだ。リリアに半ば押し切られる形でNRCへの入学を決めたものの、コレットを茨の谷に置いていくことはマレウスの強い懸念要素だったからだ。未だに自分との婚約に渋い顔をする時代遅れな貴族連中をいつでも一掃してしまえる場所にいられなくなるのは都合が悪い。
別にコレットをみくびっている訳ではない。彼女の魔法士としての実力は折り紙付きだ。潜在的に高い魔力と才能、その扱い方を幼少期よりマレウスが直々に指導したのだから。それこそマレウスと同様、わざわざ学校に通い学ぶ必要があるのかと誰もが疑問符を浮かべるほどに。だが、無駄に長く生きた妖精の年の功には敵わないこともあるだろう。だからこそ、彼女自身が信頼を寄せるシルバーとセベクに何かあったらすぐ自分に報せるよう、留守中の守護を託したのである。とはいえ、だからといって安心とは程遠いのも事実であり、つまりコレットも共に学園へ連れて行けることこそ全ての解決を意味していた。

だから尚更だろうか。
マレウスもまたシルバー達と同様の勘違いを繰り広げ、とうとう我が婚約者の入学先が自分と同じNRCではないと気づいた時、何かとてつもなく裏切られたような、言葉にし難い猛烈な不快感に襲われた。
否、懸念すべきは茨の谷の貴族連中であるのだから、コレットも谷から離れて暮らせるならばそれは思い描いていた当初の解決策とほぼ同義であるだろう。彼女に届いた入学許可証はあの≪ロイヤルソードアカデミー≫の系列女学園だ。セキュリティ面でも寧ろ茨の谷より安全なまである。
だがしかし、頭では理解しているのに感情が追いつかない。理屈ではないのだ。コレットが自分の知らない土地で自分の知らない交友関係を築く。赤ん坊の頃から気にかけ、ずっと傍にいたのは僕なのに、と。要はマレウスの単なる身勝手な独占欲だった。




「しかし、いくら女王陛下とオディーリエ公のお墨付きがあれど……」
「よせ、セベク。コレットの実力はお主もよく知っているじゃろうて。それは心配ではなく、ただの過干渉じゃ」
「もっ申し訳ありません……!」


リリアが窘めてセベクは静かになったが、そうすることで今度は異様な静寂に包まれる。そこで漸くコレットは現状の不穏な空気の原因が自分にあると意識し始めた。
基本的に彼女は物分かりが良い。急に不安げに表情を曇らせ、今にも「入学は考え直した方が良いか」と言い出しそうな姿にこれまでずっとことの顛末を黙って見守ってきたシルバーは些か不憫に思った。わざわざ入学の報告をしにきたあの嬉しそうな笑顔を見てしまったから、尚更。


「すまんのう、コレット。せっかくのめでたい日にそんな顔させたくはなかったんじゃが……だがそもそもわしは反対しとらんぞ。寧ろ大賛成じゃ!」
「でも……」
「そんな不安そうな顔をするでない。事の原因はお主ではなく、そこで臍を曲げてだんまりを決め込んでる男じゃよ。───のう、マレウス?」


コレットを安心させるよう穏やかな口で語りかけていたリリアが途端、悪戯げに口端を吊り上げる。そして、シルバー以上に大人しいどころか、先程からずっと窓辺で一見無関係を装いながら静かに苛立ちを醸し出していた事態発足の張本人───マレウス・ドラコニアへ含みある視線を送った。
いくら図星といえどもまるで聞き分けのない子供のように扱われ、マレウスはゆっくりと振り返りながら不服げにリリアを軽く睨む。


「べ、別に僕は臍を曲げてなど……」
「さっきからゴロゴロ雷落としおってよく言うわい。コレット、少し此奴と話をしてきてくれんか?なに、庭を小一時間ほど散歩すればきっと機嫌も直るじゃろうて」


リリアは全てをわかっているふうでにこやかにそう告げれば、コレットはさっきから怒っている空気だけを察していたその顔へと恐る恐る目を向ける。が、あからさまに逸らされた。
少なからずショックを受けはしたものの、これで怯んでいては次期当主の婚約者など務まるまい。どうやらリリアの言う通りきちんと話をした方が良さそうで、ややあったのちに「承知しました、リリアおじさま」と頷く。コレット・オディーリエとは見かけによらず強かな女だった。




────という経緯で、マレウスのプライベート庭園である薔薇園に場所を移し現在に至る。
嵐のようなひどい雷雨はコレットが外に出た途端、嘘のようにぴたりと止んだ。さすがに婚約者を雨ざらしにできるほどマレウスは非道な妖精ではない。しかし、かといって気分が晴れた訳でもなかった。そんな心境とは裏腹に、空を覆っていた雷雲が流れ、その切れ間から差し込む月明かりが庭園の薔薇を淡く照らしていた。


「ここはいつ来ても綺麗な場所ですね」
「……」
「薔薇の王国では品種改良が進み年中様々な種類のものが咲いているようですが、それ以外だとこの景色はまだ珍しいんですって。茨の谷は大陸のずっと北にあるから夏でも薔薇が咲くのだと、前にリリアおじさまがおっしゃっていました」
「……」
「こちら全て、マレフィシア女王陛下が殿下のお誕生日祝いに贈られたものなのでしょう?もしくは陛下の思いの形なのかもしれませんわね」
「………」


終始和やかに言葉を紡ぐコレットの傍ら、ふとその歩みが止まる。


「……殿下?」
「………その呼び方はやめろと言ったはずだが?」
「あら、やっとお声を聞かせてくださいましたねマレウス様。ふふ」


無論、以前交わされた「公務以外では名前で呼び合う」という約束もとい、マレウスからのなんとも可愛らしい要望を忘れていたわけではない。不機嫌を全面に押し出した物言いも意に介さず、己の作戦勝ちだところころと楽しげに笑うコレットにマレウスの眉間の皺が濃くなる。
しかしながらこの怖いもの知らずに過ぎるやり取り、今に始まったことではない。コレットは生まれてこの方、マレウスを恐れたことなど一度もなく、150を超えた年の差も全く感じさせないどころか、寧ろ彼女の方が一枚上手なまであった。本来他者に弄ばれ、コケにされたと思おうものなら、容赦なく雷による鉄槌を下すのが茨の谷次期当主、マレウス・ドラコニアであるが、どういうわけか婚約者の肩書きを持つこの少女にだけはめっぽう弱かった。
マレウスはやれやれと諦めたようにため息をひとつ吐く。


「お前は本当に恐れ知らずだな、コレット」
「お褒めいただき、恐悦至極の限りでございます」
「そして口もよく回る」
「あなた様の婚約者ですもの」
「ほう、言うようになったな」


ふふっと小さく空気を揺らすコレットの穏やかな笑い声がマレウスの耳に心地よく響く。昔からこの声を聞いているのが好きだった。
だが、最近は同時に焦りのような情も覚える。コレットは確かに自分の婚約者だ。そうするためにこれまでコレットの時間の多くを共に過ごしてきたはずで、それなりの信頼関係を築いていると自負している。その関係性は言うならば“家族のよう”────だがしかし、これこそが今の自分にとって本意でない不満要素なのだと、なんとも贅沢な駄々を捏ねたくなる心境は現状、誰にも明かしていない。
歳の離れた兄妹のような見かけの時期に結んだ婚約であったが、マレウスは周りが思う以上によっぽどコレットを未来の妻として見ていた。だがコレットはどうだ。良くて兄、悪く言えば“ただの幼馴染”としか思っていない態度が最近は度々癪に触る。魔法士養成学校入学の件もそうだ。


「………婚約者ならば、少しくらい寂しがってもいいだろうに」


それはマレウスが小一時間前に飲み込んだ心の声であり、紛れもなく本心が漏れ出た瞬間だった。きょとんとした丸い瞳をぱちくりと瞬かせながら、「え?」と聞き返したコレットに自分の失言を悟ったが、こうなっては撤回などできまい。些かわざとらしくもぷいと視線を逸らしてしまった。
なるほど、と。コレットの中で全て合点がいく。


「………もちろん、寂しいです。当然でしょう?」


コレットの柔らかく諭すような声音にマレウスは僅か息を呑んだ。


「実は私、最初あの入学許可証が届いた時、私もマレウス様とおじさまと同じ学園に通えるんだわってすごく舞い上がってしまって。幸い差出人がナイトレイブンカレッジではないことにはすぐ気がつきましたが……どうしてでしょうね、マレウス様とおじさま、シルバーやセベクとこれからもずっと一緒にいられるのだと信じて疑わなかったのです。ですからなんとなく現実ではない気がしてしまいました。私も男の子だったらよかったのに、って考えても仕方のないことを願うほどに」
「………」
「だって私も、マレウス様やおじさまと一緒に授業を受けたり、休憩中にのんびりおしゃべりをしたりしたかった。外の世界でもたくさん素敵な廃墟を見つけられるでしょうマレウス様のお供もさせていただきたかったし、お休みの日は一緒に学園の外へ出かけて、バレエやミュージカルを観に行ったりもしてみたかった」
「……一緒に、か」
「ええ。もちろんマレウス様がお嫌なら無理強いするつもりはありませんでしたが……でも、私たちにとって学生でいられる四年間はきっと、“茨の谷ではできないことを経験する最初で最後のチャンス”なんです。だから────」

「コレット、お前の望みはお前も共にナイトレイブンカレッジへ通いたい。それで違いないな?」
「……え?」


本心を吐露するにつれて徐々に俯き加減になっていたコレットは、自身の話を遮った婚約者の言葉に顔を上げる。思わず目を見開いたのは、視線の先にいたマレウスが先程の不機嫌ぶりは嘘のよう、何もかも吹っ切れたような清々しい笑みを浮かべていたからだった。どこか有無を言わさぬような威圧的ともとれるそれに押し流されたコレットは、しかし彼の言葉は何も間違っていないのでとやがて曖昧に頷いて肯定する。


「フッ……他ならぬお前の望みだ、聞かぬ訳にはいくまい?案ずるな、近日中に肩をつけよう」
「マレウス様、それはどういう……?」
「もちろん、お前の希望を叶えるためだ。僕が直々に双方の学園長へ話をつける」
「はいっ?えっあ、さすがにそれは外交問題に発展しかねません…!やめた方がいいのでは」
「茨の谷次期当主たる僕の“頼み”を無下にできるほど、奴らも身の程知らずではあるまい。ああ、それなら早速交渉に取り掛からねば。ではなコレット、果報は寝て待て」
「っお待ちくださいマレウスさ」


コレットが引き留めるよりも早く、緑色の光の粒を残してマレウスは去って行った。
ポツンと取り残されたコレットは、己の行動を振り返り完全に失敗だったと頭を抱える。
が、過ぎたことを悔やんでも遅い。ことが大きくなる前にまずはマレフィシア女王に報告を────と考えたところで、やめた。
ほんの少しだけ、本当にマレウスが自身の希望を叶えてくれたら…と淡い期待の抱いたのだ。


そしてそれは数日後、コレット宛に今度こそNRCの入学許可証が届いたことにより、実現が証明されることとなる。当然マレフィシア女王とオディーリエ公には二人揃って死ぬほど怒られたが、これから待ち受ける学園生活への期待を思えば些末なものだと思ったのは内緒だ。

かくして、NRC唯一の女生徒が誕生したのであった。






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