愛の狩人



授業開始日に他寮の先輩に絡まれるというちょっとした事件はあれども、コレットの学園生活は順調にスタートを切ることが叶った。
今はまだ授業といってもオリエンテーションがほとんどだが、それが終われば選択授業の希望を出して本格的な勉強が始まるし、ここ数日あちこち満遍なく学園敷地内を移動したおかげで設備の位置関係もだいぶ把握してきた。地図がきちんと頭に入れば敷地を転移魔法で移動することもできるだろう。とはいえ、少しずつ馴染んできた学友達と共に徒歩で移動することに意味を見出し始めたコレットがそれを使うことはよっぽどの緊急時のみとなりそうだが。
要約するとつまり、いつぞやシルバーが予想していた通り、彼女は学園生活をそれはそれは満喫していた。故郷で鍛錬に励む幼馴染二人へ昨日の放課後に出した手紙が近々その微笑ましい近況を報せることになるだろう。

だがしかし、そんなコレットにも早速悩みがひとつ。


「部活動、か」


放課後、寮への連絡口である鏡舎へまた例によって一人で向かいながら、今まさに脳裏に浮かんだ悩みの種をぽつりと呟く。
NRCでは基本的に学外研修へ赴く4年生を除いて部活動の加入は必須だ。既存の部に興味を引くものがない場合、新規で研究会を立ち上げてもいいらしい。授業開始初日に軽く説明を受け、遅くとも二週間以内に提出するようにと入部届を配布されて数日が経過したが、コレットの用紙は未だ白紙どころか候補すら絞れていないままだ。
やりたいことがないわけではない。寧ろ逆だ。学生として茨の谷の外で生活できるたった一回、充実した三年間を送るためにこの部活動の選択は極めて重要であるがゆえ、なかなかひとつに決めきれないのが現状である。

一方、リリアは早々に軽音部への入部を決め、知らないうちにさっさと入部届を出してしまっていた。思い切りの良さは彼の美徳なので、らしいと言えばらしいのだが。
ちなみに先日、軽音部への見学会へはコレットとマレウスも同行したものの、好きな楽器を自由に触っていいという先輩方のお言葉に甘えた結果、マレウスが試弾したエレキギターからとんでもない騒音が生み出され、周囲の人間が気絶するという事件が勃発して途中から部活動見学どころではなくなってしまった話は既に校内中に広まっている。件の先輩方には後日謝罪を入れるべく仕切り直しの見学会へ再度訪問したのだが、どうやらマレウスとコレットをイコールで結びつけてしまったらしい彼らは顔を見るや否や一目散に逃げ出し、その場に残されたコレットはせめてもの誠意として部活動選択に軽音部はそっと除外したという後日談つきだ。幼い頃から馴染みのあるクラシック音楽とはあまりにも勝手が違う軽音楽という分野、興味は大いにあったのだが。

移動教室の一件から交友を持つようになった隣のクラスのトレイとケイトとは昼休みに食堂で少し話をした。ケイトはまだ悩み中らしいが最有力候補はリリアと同じく軽音部、トレイは消去法でサイエンス部以外の選択肢がないとのことだ。
そして自身と同じく部活難民となってしまうのではと心配していたマレウスは先程、運動場から教室へと戻る際に校舎を見上げた瞬間何かを閃いたらしく、「……そうか、その手があったか」と意味深な発言と共に姿を消し、それきりだ。はっきりと何とは言わなかったが、直前まで部活をどうするかと話していたので恐らく彼も意思が固まったのだろうとコレットは踏んでいる。

ということで、たぶん身内で何の目処も立っていないのはもう自分一人となってしまった。まだ期限があるとはいえ、何となく焦りめいた気持ちが生まれてくる。実家にいた頃はよく庭の世話をしていたこともあり自分に合っているだろうと、トレイに誘われたサイエンス部が一応な候補ではあるものの、もっと新しいことをしたいような、漠然とした思いによって決定打に欠けているのが正直なところだ。
これから放課後の活動に向かうのだろう生徒が小走りで隣を走り抜ける様を横目に、コレットは思う。


「(いっそ、全く未知の分野に足を踏み入れてみようかしら。そう、例えば───)」


────マジカルシフト部、とか。

ツイステットワンダーランドで生きる以上、知識はあれども外交の薄い茨の谷においてほとんど普及していないと言っても過言ではない、マジカルシフト───通称マジフトはコレットにとって『外国のスポーツ』という印象だ。異文化に触れるいい機会だし、魔法やあまり使う機会のない飛行術の技術も研鑽されることだろう。その場の勢いによる思いつきだが、案外悪くない気がした。



そんなわけで「思い立ったが吉日じゃ」という師匠の教えにも倣い、早速活動場所であるサバナクロー寮マジフト場へ見学へ行くことにした。────のだが。

鏡舎を通って目的地へ辿り着いたはいいものの、そこで目当ての部が活動している様子はなく、代わりにマジフト場を囲うよう主にサバナクロー寮生達の人集りができていた。ここへ来る前、購買部の前を通った時にも似たような現象が発生していて、今日は人混みに縁がある日なのかと思考の片隅でぼんやり考えてしまう。ケイト情報曰く、あの中心にいるのは今年入学したという世界的モデルらしく、ミーハーな生徒達が彼を一目見るべく、あわよくばお近づきになるべくしてできた行列なのだとか。
それとは別物なのだろうこの人集りの正体が知りたくないわけではないが、とはいえこの誰もが興奮しきった様子で我先に前へ前へと他者を押し除けていく混乱ぶりにはさすがのコレットも日を改めることにした。そうして踵を返す、刹那。

「きゃっ」と声を上げた頃にはもう遅かった。後ろから来た集団に押し流され、あっという間に人の波に飲まれてしまうという、全くもって脇が甘い事態である。
身動きが取れないなりにとにかく外へ出ようと必死にもがくものの、屈強な男達ばかりの中でそれが簡単にできれば今頃自分は次期王の隣に侍る女騎士にでもなっていたことだろう。とんでもない人口密度の中、いよいよ覚えた目眩に意識を飛ばしかけた────その時。


「おっと、大丈夫かい?」


不意に伸びてきた腕がコレットの手を掴み、瞬く間に人混みの外へと引っ張り出された。漸く新鮮な酸素を取り込むことが叶ったコレットは浅く呼吸を繰り返しながら、ぱちぱちと弾けていた視界で自身の救世主となったその人物を見上げる。
辛うじて耳が拾っていた声の主は、優しく丁寧な物言いと打って変わった容貌のサバナクロー寮生だった。癖のある金髪を一つに纏め、カウボーイハットを被った少年は危なげなく倒れかけたコレットを支え、緑色の瞳でその顔を覗いている。コレットははっとして体勢を立て直すと、少年に向かい深く礼をとった。


「も、申し訳ございません!助けていただき誠にありがとうございました……!」
「ノン、女性に手を貸すのは紳士の礼儀さ。キミは、噂されてた学園の姫君だね?」
「姫君…?かどうかはさておき、1年のコレット・オディーリエと申します」
「ふふ、噂通り可憐なご令嬢だ。その瞳の中に閉じ込めた朝焼けをもっとよく見せてもらいたいところだけれど、今は自己紹介が先かな?────改めまして私は≪ 愛の狩人ル・シャソゥ・ドゥアムール≫、ルーク・ハント。同じ1年だ、以後お見知り置きを頼むよ、白鳥のお嬢さんマドモワゼル・シーニュ


……ナイトレイブンカレッジ生は妖精以上の変わり者が多いのだろうか。どこから突っ込めば良いのやら、いまいち会話が噛み合っていないような気さえしてくるのだが、それはともかくとして今は他に確認するべきことがあるのであらゆるツッコミどころは飲みこむことにする。
改めて落ち着いて周囲を観察すると、どうやらコレットは人集りの最前列まで流されたようだった。マジフト場の中心には二人のサバナクロー寮生が距離を空け向かい合わせで立っていて、皆思い思いに声援を送っている。そんな視覚以上の情報は彼に頼るしかあるまいとやがてコレットはルークに視線を戻し、同級生と聞いたことで幾分緩めた口調で問いかけた。


「ルークさんもこの騒動が何なのかご存知でいらっしゃるの?」
「ああ、もちろんだとも!キミはこの雄々しき決戦を見物にきたのではないのかい?」
「いいえ、私はマジカルシフト部の見学に。そしたらこの騒ぎだったものだから」
「オーララ!キミが獅子の咆哮轟く我が校のマジフト部に入部希望とは……ああ、それはまさに荒野に一輪咲く白百合の如し!この一見ミスマッチな組み合わせこそ摩訶不思議で絶妙な調和を生むことだろう!実にボーテ!」
「そ、そうかしら……?」


でもまだ決まったわけじゃ。その言葉が出てこないほど、ルークの勢いにコレットは若干困惑、否、引いていた。会話をしているはずなのに不思議と置いていかれている感覚だ。ただし全く悪気がないことだけは伝わるので、元老院やそちらの派閥の貴族妖精の相手をするより余程気楽ではあるものの、一方リリアの料理に口を出すよりもずっと難易度が高い気がして、内心でひっそりと頭を抱える。
だがしかし、全く会話が成り立たない、通じないタイプではないようで、それに次ぎ「さて、キミの疑問に答えようか」と些か遅ればせながらコレットの知りたかった答えも返ってきた。


「ずばり決闘だよ、男と男のプライドをかけた…ね。────さて、そろそろ現れるかな?」


ルークの化粧気のない目が細められ、やがてグラウンド中央へゆっくりと視線を向けた。
刹那、まるで見計らったかのように突然目の前に人影が現れる。それは瞬く間に羽飾りのシルクハットに漆黒の外套を羽織った男───学園長の姿となった。

見事な転移魔法に一人感心してしまう中、「おい、おせえぞクロウリー」「職員会議が長引いたもので、いやぁ大変お待たせしました」と、グラウンドに佇む長髪の生徒が舌打ち混じりに学園長へ悪態をつき、一方全く悪びれる様子がない学園長の声を聞いたところでコレットは思わず首を傾げた。
生徒による私闘は禁じられているはずだが、学園長公認とはこれいかに。そんな心の声を読み取ったのか、隣のルークがこちらを向くことなく口を開く。


「心配はいらないよ。なぜならこれはきちんと手続きを踏んでセッティングされた正当な場だからね」
「正当な決闘……あっ」


そういえば生徒手帳に『決闘は必ず学園長立ち会いのもと』という記述があったことを思い出す。そしてその決闘にかけるものとは即ち、寮長の座。
我が寮は最近、前寮長の使命という最も穏便な方法で寮長が変わったばかりなだけにあまり気に留めていなかったが、本来卒業による後任の指名でもなければ自らの意思で寮長という名の栄光を手放すなどNRC生であるなら特にありえない。現寮長からその座を奪う方法が最もポピュラーなのだと先日寮生が話しているのを耳にしたばかりだ。
つまり、このサバナクロー寮において今がその時なのだということ。もっとも、寮長と言うのはそれなりの力があるからその座にいるわけで、決闘を挑んだところで返り討ちにされるパターンも多いらしいのだが。

今回はどちらなのだろう、とコレットは改めて渦中の人物二人に視線を移す。よく見れば二人とも獣人族だ。背丈は然程変わらないように思うが、体格は「寮長」と声援を浴びている方がよっぽど屈強で、挑戦者の方はどちらかというと足が長くすらっとしたモデルのような出立ちである。魔法の力は体系に結びつくわけではないのだが、あれでは少し心配になってしまう。


「ご覧。右側におわすのは2年のレオナ・キングスカラー先輩、今回のデュエルの挑戦者だ」
「…あら、キングスカラーってもしかして」
「ウィ、キミはなかなか博識な女性だね。お察しの通り、彼は夕焼けの草原第二王子さ」
「実家にいた頃、妃教育の一貫で他国の王族のお名前を覚える授業があったの。……そう、彼が」


それなら尚更だ。公式な決闘とはいえ、王子様に傷でもつけたらそこそこ問題になるだろう。
思わず「大丈夫かしら」と呟くと、それを拾ったらしいルークがふふっと軽やかに笑った。


「心配はいらないよ。なぜならこの闘いを制するのは彼だからね」
「?それはどういう────」


聞き返すよりも早く、目の前で学園長が落とした鏡が割れ、辺りに破片が散る。決闘開始の合図だ。
コレットはルークの発言の真意を探るべく、真っ直ぐと当事者達へ視線を向ける。────その束の間だった。

現寮長が魔法で生み出した巨大な氷に、挑戦者の男はフッと余裕じみた笑みを溢す。そして。


「俺こそが飢え、俺こそが渇き。お前から明日を奪う者。────平伏しろ」

「≪王者の咆哮キングス・ロアー ≫」




────勝敗は文字通り瞬きの間についた。
現寮長、否、たった今“前”となった彼の氷をどんな原理なのか詠唱ひとつで砂に変えてしまい、いかなる抵抗も捻じ伏せ再起不能にさせたところで学園長の決着の合図。沸き立つ会場では、新寮長の誕生に落胆する者、歓喜する者、強力なユニーク魔法に興奮する者と様々だが、コレット達の隣にいたサバナクロー寮生が「これでキングスカラーとの相部屋地獄から解放され……ウッ」と咽び泣きながら喜びを噛み締める姿におおよその事情を察してしまったのは口にしないこととする。

兎にも角にもレベルの高い素晴らしい決戦だった。心配は無用どころか、さすが夕焼けの草原の王族と感服させられるほどとは。ただ、彼の手に握る能力へ少しとある懸念が生まれたが────否、それは余計なお世話というやつだ。
首をもたげた思考に蓋をし、終われば用無しとばかりに散っていくギャラリーをよそにいつまでも詩的な語彙でレオナ・キングスカラーを褒めちぎっていたルークに改めて意識を向ける。ふと、泉のように湧く賛辞の最中で彼はコレットへ反応を振った。


「我らが王の勇姿、キミの瞳にはどう映ったかな?」
「ええ、まさに百獣の王の不屈の精神に相応しく素晴らしい武勇を見せていただいたわ。直前まで心配してたことの方が不敬だったと反省しているところよ」
「レオナ先輩は学園トップクラスの魔法士だからね。歴史的瞬間に立ち会えて私は今感無量だよ!」


数日この学園に在籍して得た感覚だが、もしや彼のように他者へ素直な賛辞が発せられる生徒はとても珍しいのではないだろうか。そして何より言葉選びがとても美しい。それこそ美を司るポムフィオーレ寮でもやっていけるのではと素人目ながらに思ってしまうほど。
そう、ただ素直で自由なだけだ。そう思ったら彼に対し何となく絡みづらさを感じていた心はたちまちどこかへ飛んでいってしまった。途端、笑いが込み上げる。


「ふふふ」
「?マドモワゼル、私の顔に何かついているかい?」
「っいいえ。ルークさんってとても素敵な人ね」


脈絡のない発言であるが、ここは彼を見習って思いをそのまま伝えることとする。するとルークは一瞬だけ呆気にとられたように瞬いたのち、「キミにそう言ってもらえるとは光栄だよ」とにっこり笑った。今後、彼とも良い友人になれそうだ。
ルークとの出会い、サバナクロー新寮長による決闘。あらゆる刺激を受けたおかげで部活に悩んでいた思考も軽くなり、なんだか今日は色々と満足してしまった。


「それじゃあ、私は自分の寮に戻ることにするわ」
「おや?マジフトの見学はいいのかい?」


踵を返しかけたところですかさずルークが引き止める。既に決闘の事後処理が済んだマジフト場では、予定通り部活動を再開すべく部員達が集まっていた。輪の中心にいるサバナクロー新寮長レオナ・キングスカラーはどうやらマジフト部の部長でもあるらしい。
ただ、いくら魔法が得意とはいえ、女の自分があの中に入るなど邪魔でしかないだろう。これといった志もなく勢いで入部を決めるのはあまりにも浅慮だ。コレットはルークの問いに頷く。


「ええ。こんな人混みに潰されているようじゃ、きっとやっていけないもの。もっと自分に合った部を見つけるつもりよ」
「それは残念だ……キミがマジフトで暗躍する姿も見てみたかったのだけれど」
「ふふ、どちらにせよ私は目立った校外活動…部活の公式戦とかかしら、そういったものは出られないという条件に同意して入学しているの。そうだ、ルークさんはどの部に入るかもう決めたのかしら?」
「ノン。どれも私の興味を惹くものばかりでね……ひとつに絞れず困っているんだ」
「なら私と一緒ね」
「ふふ、だが私はこの悩みさえも深く味わい尽くしたいと思っている。期限いっぱいまでじっくり考えることにするよ」


それは素敵な考えだとコレットの頬が綻ぶ。何も急ぐことはないと頭ではわかっていたつもりだったが、ルークと話して初めて最適解を得たような気持ちになった。
「私もそうするわ、ありがとうルークさん」そう謝意を告げ、今度こそ「ではごきげんよう」と踵を返す。

「またいずれ、白鳥のお嬢さんマドモワゼル・シーニュ」と答える彼の声を背に、そういえばその呼び名の意味を聞き忘れたと思い立ったが、それは彼の言うように“またいずれ”の機会にとっておこうとコレットは自寮へ戻るべく鏡を潜った。






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