髪紐の約束
孫権
「ちょっと遠出しようか」
その言葉は唐突に孫権から発せられた。
仕事が休みで、かと言って何の予定もなく孫権と朝食後にまったりと過ごしていた時に。
大抵のデートは場所だけ決めて、2人でぶらぶら歩いて過ごすのが私達のスタイルだったから、思い立って出掛けるのはよくあった。
私はいつもの髪紐──幼い頃に孫権にもらった思い出の髪紐──で髪を結って軽く身支度を整えた。
燐玲
「どこ行くの?」
孫権
「内緒。ほら乗って」
孫権が自分のバイクに取り付けたサイドカーに私を誘導する。
いつの間に付けたんだろう。
促されるままにサイドカーに座ると、孫権も自分のバイクに跨った。
孫権
「じゃあ行こうか」
エンジンのブルルンという駆動音がバイクからサイドカーを伝って響いてくる。
孫権がアクセルを捻ると、バイクはショク方面に向けて発進した。
目的地を知らされないまま、バイクに揺られる私は少しそわそわしていた。
だっていつもなら行きたい場所をお互い出し合ってたまにケンカしてでも目的地を決めて、移動中にプランを考えるのに。
今日に限っては相談もなしに連れて行かれるのだから落ち着かないし、バイクでの遠出なんて初めてだった。
孫権に話しかけたくても、運転に集中してるのかずっとまっすぐ──目的地の方を向いているから声を掛けられないでいる。
それに…その横顔がすごくかっこ良くて声を掛けるのも忘れてしまうくらいに見惚れちゃってた。
私って本当に孫権のことが好き過ぎだよね。
自分で惚気けているうちに、バイクの速度が段々と緩やかなものになっていった。
目的地が近いらしい。
辺りを見回すと、特に目立つような建物や自然があるわけでもなく、ただの荒野が広がっているだけ。
でも私は、目の前に広がる風景に妙な懐かしさを感じていた。
記憶を辿ろうとするタイミングでバイクがぴたりと止まった。
孫権
「着いたよ」
バイクから降りる孫権に続いて私もサイドカーから降りた。
そこは、高い塀がそびえ立つ町の城門前で、確かショクの国境に近いところだったはず。
孫権
「ここがどこだか、覚えてる?」
孫権もここを知ってるらしい。
私達に何かゆかりのあるところ?
過去の記憶を遡って行くと。
───僕っ、燐玲がどんなに遠いところに行っても絶対会いに行くからっ!今度は燐玲を守れるくらい強い男にっ…なる、からっ…。
涙ぐむ幼い孫権と向かい合う幼い私。
そうだ、劉備と2人で生きるって決めて孫堅さん達とお別れした場所だ。
───その時は、僕と結婚して、ぼ、僕のお嫁さんになって!
───…ん、分かった。じゃあ孫権がいつか見つけてくれるまで、この髪紐大事に付けるね。
そして幼い孫権からプロポーズされた、思い出の場所。
私もあの時返事をして、結婚の約束をした場所。
幼い時の事なのに、胸がトクトクと早く動いてる気がする。
孫権
「あの日、僕達はここで別れてそれぞれ新しい道を歩き始めた。僕はゴのレッドタイガーで、燐玲はショクのドラゴンズウォッチで。何年か経って僕らは再会して、こ…恋人になった」
恋人ってところだけ恥ずかしがるなんて可愛い。
孫権
「燐玲。僕は、君の隣りで一緒に歩いて、この先の道を歩んで行きたい。君の隣りにずっと寄り添って、喜びや悲しみを分かち合いたい。他の人じゃなくて、燐玲と一緒にいたい。そのスタートをあの日約束したこの場所で誓わせて欲しい」
孫権は自分の鎧から、赤と黄色で組まれた紐を取り出して私の前に差し出した。
私が今付けてる髪紐にそっくりの、翡翠のトンボ玉が付いた髪紐。
目頭に熱が込み上げてくる、心臓がバクバク鳴っていてうるさい。
孫権
「僕と、結婚してください。僕のお嫁さんになって、ください」
あの日の幼い孫権と重なり、私の目は涙が溢れ落ちて止まらなくなった。
燐玲
「はいっ…」
涙で震えたままの、情けない声で私も孫権の思いに答えると、孫権の顔がぱぁっと綻んで泣いてる私を腕の中に閉じ込めた。
孫権
「よ、良かった…!断られたらっ、どうしようって思ってて…!」
燐玲
「心配しすぎだよっ…こんなに好きなのに断るわけないでしょ、もう!」
孫権
「ごめん!…髪紐作るのに時間が掛かっちゃって」
燐玲
「…また髪紐作ってくれたんだね」
孫権
「うん。だって燐玲に1番似合う物だから、前に作ったのよりも上手く作れたと思う」
燐玲
「ありがとう…孫権」
孫権
「燐玲、愛してるよ。この先もずっと」
燐玲
「うん、私も愛してる」
見つめ合って、微笑み合って、どちらからでもなく唇を合わせた。
お互いの存在を確かめるみたいに、合わせるだけだけの軽いキスを何度もしてから私達はまた幸せを噛み締めるように笑い合った。
きっとこの先も、孫権と一緒なら乗り越えて行ける。
だって私達は、組まれた髪紐のように心が繋がっているのだから。