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なにがなんだかわからない。
ナイフがかすめた左足首がズキズキと痛む。
なんで私は襲われているのか。ただ学校から帰っていただけじゃないか。
五十メートル九秒台の私が走ったところで逃げ切れるわけがないではないか。

「うあッ!?」

言わんこっちゃない。足がもつれて地面につまづいて転ぶ。こんなん普段でもしないぞ。私のバカ、マヌケ、アホ!!!
自身をせめて恐怖をごまかそうとする。けれど、だめだ。これはきっと死ぬ。

「おかーさん、いる?」
「……あ、」

霧からぬるりと現れる影。背丈は小さいはずなのに恐怖がとめどなくわいてくる。
怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
霧のせいなのか身体が痺れて動かなくなっていっている気がするのに、足首の痛みは何故か鮮明になっていく。
死ぬのだろうか。
まだ生きたい。まだ将来の夢がある。まだ、まだ、まだ、まだ。まだ、私は。

「――たすけて、」

大きく風が吹いて砂埃が舞う。

「―――サーヴァント、セイバー。呼び声に応じ参上した」

砂埃がおさまる。
色素の薄い髪。右目につけられた眼帯。首元には緋色のループタイ。
しっかりと私の目を見詰めたその男の人は、人懐っこそうにニコッと笑った。

「よろしく、我がマスター。少しばかりここは危ない。絶対に私の後ろにいてほしい」
「……は」

頼むよ、と男の人は一気に地面を蹴って私を追いかけていた人を蹴り飛ばした。一息で。
私にもよく分からないが、こう、ドカッと。

「マスター、ここは戦いにくい。一旦逃げよう」

振り返った彼はそう言って、私をひょいと姫抱きにして抱えると、また地面を蹴る。

「え、ちょ、え!?どういう――」
「ふむ、状況が分かってないのかな。ならそれはおいおい話すね。今知っておくべきことは…そうだな、私はサーヴァント、君はマスター。私はこれからこの命尽きるまでマスターの盾となり剣となる。改めて、よろしくね?可愛らしい我がマスター」

寒いだろうから、これを。とセイバーと名乗ったこの男は首に巻いていた大きなマフラーを私にかぶせた。