※一流音大生バンビ
パリに留学してから早1ヶ月が経過しようとしていた。
そろそろ生活のリズムにも、パリの雰囲気にも馴染んできた頃だったが、唯一まだ慣れないものがあった。
アイツだ。
ピアノを弾くときは、アイツがいつも側にいて、何気ない話をして。
あぁ、たまに一緒にピアノを弾いたりもしたっけ。
いつもピアノを弾く俺の側にいたアイツは、今日本の、一流音楽大学で楽器は違えど、俺と同じ様に音楽の勉強をしているはずだ。
当然パリには、いない。
だからどんなにピアノを覗き込んでも、アイツの顔は見えない。
黒く美しい光沢を持つその楽器になまえの顔が映り込んでいない日々が続き、何となくピアノを撫でてみたりもするが、やはり何をしても疲れきったような情けない自分の顔しか映らない。
そういえば、最近はとうとう変な夢を見るようになった。
朝が、2回やって来るのだ。
俺が眠りに就いて暫くすると、朝がやってくる。
その朝は、ドアホンの音に目が覚めて玄関のドアを開ければ、アイツが目の前にいるんだ。
『そろそろ先輩を忘れちゃいそうなので、思い出しがてら来ちゃいました』
『丁度良かった、俺もそろそろ忘れるとこだったからな』
そんな皮肉を良いながらも、なまえは凄く嬉しそうな顔をして俺に抱き付いてくる。
だから、俺もそれに答えてアイツを強く抱き締めてやる。
会えなかった何十日もの間を、埋めるように。
すると、小鳥のさえずりが聞こえて、また朝がやってくる。
今度の朝は、部屋の何処を見渡しても、アイツはいない。
「……またか」
いい加減この夢にも飽きてきた。
小鳥のさえずりで目覚めたら、アイツはいない。
わかっている筈なのに、ドアホンの涼しげなベルが鳴らないかと玄関の方を見て立ち尽くしてしまう。
夏休みに短期留学したいと大学側に申請している、とアイツはこの前の電話で言っていたが、夏休みまでだってまだ何ヶ月とある。
俺は、あと何回この夢を見れば良いんだ。
溜め息を思いっきり吐き出して、ピアノの蓋を覗いて見ると、一瞬、なまえの顔が映ったような気がして、はっとするが、その黒い鏡に手を伸ばせば、やはり眠くて不機嫌そうな、俺の顔が映っているだけだ。
そうだ、いっその事、あの夢が現実になるまで眠っていれば良いんじゃないか。
目が覚めたらおまえがいるまで、夢から覚めなければ良い。
夢から覚めたら
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