「…なあ、今日もジム行かないのか?」



2日も断っていたら、扉の向こう側から小さくそう聞こえた。
やっぱりなんか体調悪いんだろ、と言われたので大丈夫だと言っても、デンジさんは納得してくれなかった。
ついに入るぞ、と言われしまい、慌てて立ち上がったけれど、遅かった。
妙に綺麗に掃除されていた部屋を見ただけで、デンジさんは私が何をしようとしているのかわかったようだ。



「…ここでの暮らしにはもう飽きたのか」


「ちが、そうじゃなくて…」


「じゃあなんだよ」



その強い口調は、私が今まで聞いたことがないものだった。
少し怒っているようにも聞こえて、思わず身体が強張る。



「…その、夢を、見ました」



私が、黄緑色のポケモンと元の世界へ戻る予知夢。
私とポケモンを包む黄緑色の光が辺りに広がって、私達は光と共に何もなかったように一瞬で消えてしまう、夢。



「オーバさんにその話をしたら、ときわたりでやって来た人間はいずれ元の世界に帰る、とシロナさんが仰っていたそうです」


「…それがもうすぐってことか?」



私が小さく頷くと、デンジさんは俯く。
あいつは知ってたのかよ、と聞こえた小さな声は呆れたような溜め息と共に吐き出された。
帰るのか、と聞かれて、私は頷くことしかできない。
帰りたくない反面、シロナさんが言っていることも一理あると、私は思っているから。
だからヒスイの人間が、いつまでもシンオウにいてはいけない。



「オレは帰ってほしくない」


「でも…」



そう言ったデンジさんの顔は、真剣そのものだった。
そんな目で見つめられたら、はいわかりましたと二つ返事をしてしまいそうだ。
けれど、私は多分帰らなければならない。
私が困ったような顔をしていたのか、デンジさんはごめん、と言うとふと笑って私の頭を撫でた。



「わかってるさ…帰らなきゃいけないんだろ」



いつもの優しい声に安心したのか、ここ2日間ほど押し殺していた感情が、涙となって溢れ出てきた。
ああ、また、私はデンジさんの前で泣いてしまった。
この人といると、どうにも自分の気持ちを素直に出してしまうようだ。
これ以上、困らせたくないから、我慢してたのに。
デンジさんは、いつかのデートの時みたいに指で涙を拭って、私の額に同じものを寄せた。



「ナマエ、オレは君のこと」


「まって」



その言葉の続きは、出来れば聞きたくない。
私が思っていることと貴方が思っていることが、もしも同じならば、尚更。



「続きは、言わないでください」



デンジさんは、少しだけ寂しそうな顔をした。



「聞いたら、私…きっと帰れなくなっちゃうから」


「…わかった」



代わりにとでも言うように、デンジさんは私をそっと抱きしめてくれる。
ああ、なんだか凄く安心する。
ここに来て初めて知った、匂い、暖かさ、感情。
それは全部、彼が教えてくれたものだ。
その日デンジさんは、今日はもうどこにも行かないと言って、私に残された少ない時間を共に過ごしてくれた。




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