「ナマエのいたヒスイのこと、教えてくれないか?」



居間で団員用のレポートを書き留めていると、デンジさんに声を掛けられた。
私が遥か昔のシンオウから来たということがわかってから、少しだけヒスイ地方に興味を持ってくれたのだろうか。
もらったボールペンをそっと帳面の上に置いて、デンジさんの方を向く。



「ポケモンは、怖い生き物です」


「え…?」



私の住んでいたムラでは、みんなそう教えられていた。
ポケモンの住む世界と人間の住む世界は、別の世界。
ポケモンを連れている人は、ギンガ団に所属する一部の隊員とコンゴウ団、シンジュ団のキャプテンくらい。
シンオウでは当たり前な、ポケモンバトルというポケモン同士を戦わせる行為なんてものは以ての外だ。
それを聞いたデンジさんは、目を見開いて信じられないとでも言いたげに首を横に振っていた。



「じゃあコイツは?」



デンジさんが取り出したモンスターボールがぱかりと開くと、大きなポケモンが飛び出してくる。
咄嗟に腕で顔を覆い、腰に付けているボールに手を掛けた。
ぐっと両目を瞑り覚悟を決めると、右腕に生温く少しざらついた何かが這った。
その妙な感覚に小さく悲鳴をあげて目を開けば、目の前のポケモンが私の腕を舐めたことはすぐに理解出来た。
黒く立派なたてがみが視界いっぱいに広がり、黄色に輝く瞳がこちらをじっと見つめる。



「何もしないさ、撫でてやってくれ」



恐る恐る顎の辺りにそっと触れば、そのポケモンは私の手に甘えるかのように擦り寄る。
少し撫でてやれば、その子は嬉しかったのか私の頬に鼻を寄せてぐるぐると喉を鳴らす。
なんだ慣れてるじゃん、とデンジさんに言われたが、正直私は自分のオオニューラしか撫でたことがない。



「オレのレントラー、怖い?」


「…怖くないです、とても良い子」



デンジさんはレントラーと呼ばれたその子のたてがみを撫でると、とても優しく微笑んだ。
そんな彼を見ていたら、急に胸の奥がきゅっと締め付けられた気がした。
初めての感覚に、ぱちぱちと瞬きをする。



「ナマエはポケモン持っていないのか?」


「います、でも…」



私が腰元のボールを手で隠そうとすると、そこにいる?と覗き込まれる。
怖いから見ない方がいい、とやんわりと断ったつもりだったが、それでもデンジさんは見せてほしいと言った。
きっといつものように怖がられると思うけれど、少しだけ我慢してね、と言いながらオオニューラをボールの外に出してあげる。
その姿を見たデンジさんは驚いて、少しだけ後退る。
ああ、やっぱり、怖がらせてしまった。



「あの、ごめんなさい…すぐに戻しますから」


「すごいな…初めて見るポケモンだ」


「え…?」



なんて名前?と言い長い鉤爪をそっと手に取りながら、オオニューラに目線を合わせて尋ねるデンジさん。
そんな態度の人間に、オオニューラも少し驚いている。
それもそうだ。
コトブキムラでは、この子はよく怖がられていたからあまり外に出してあげられなかった。
いつも誰もいない場所でしか撫でてあげられない。



「オオニューラって言うのか、変わってるな」


「シンオウにはいないんですか?」


「ああ、マニューラならいるけど」



スマホを軽快にタップしたデンジさんは、そのまま私に画面を見せてくれる。
そこにはオオニューラとは全く違うけれど、何処か似たような姿が映し出されていた。
ニューラは色が違うだけで同じような姿形をしているのに、その進化した姿はまるで違うらしい。
それにしても、このマニューラというポケモン。



「か、かわいい…」


「気に入った?」



こくこくと頷くと、だろうな、と言ってデンジさんはふと笑った。
また珍しいものに目がなくなってる、って思われてるんだろう。
そのポケモンスケッチさせてもらって良いですか?と聞くと、デンジさんは快くスマホを貸してくれた。
それにこれは、ラベン博士が見たらとても喜びそうだ。
いつこれを調査隊に見せられるのかはわからないが、私のレポートにしては珍しいものを今日は書き留めた。




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