「あ!い、いらっしゃいませ…」
「…どうも」
昨日の今日で、早速アオキさんに会ってしまった。
私はここの店員なんだから、アオキさんが店に来てくれれば会うのは当たり前なんだけれど。
自分1人で勝手に気まずくなって、誤魔化すようにへらっと笑った。
私は前みたいに、いつも通りの顔をできているだろうか。
いや、それは絶対にないだろう。
変な顔にだけはなっていませんようにと、不安になりながら温かいお茶だけ出して、後にしようとした時だった。
「あの、すみませんが追加でいつもの焼きおにぎりを」
「…え?あ、だいもんじ、レモン添えですか?」
はい、と言って彼の表情がほんの少しだけ柔らかくなったのを、私は見てしまった。
その瞬間、ぎゅっと心臓を掴まれたような気がして、思わず身体が固まる。
ああ、やっぱり気のせいなんかじゃなかった。
なんであんなこと考えてしまったんだろうと、昨日の夜の私を恨んだ。
そうしなければきっと今日もこれからも、今までみたいに普通に笑って接客できたはずなのに。
それにしても、今日に限ってこの追加注文とは、アオキさんもなかなか私を追い詰めてくる。
「…さん、ナマエさん?」
「え!?あ、はい…!」
「大丈夫ですか?」
疲れてますか、とアオキさんに顔を覗き込まれたから、咄嗟に手元のお盆で隠して彼との間に壁を作った。
失礼なことをしているのはわかっているけど、今の私はきっと情けない顔をしているからあんまり見てほしくない。
焼きおにぎりですよね、とアオキさんに確認すると私は逃げるように厨房に戻る。
ダメだ、気にしない方が難しい。
昨日の今日でこの調子だと、先が思いやられる。
(しっかりしろ、私…!)
頬を軽く2度叩いて気を取り直し、注文された焼きおにぎりの調理に取り掛かることにした。
炊き立てのお米に、醤油ベースのタレを少し滴らして混ぜ合わせたら、出来上がったご飯を適量取る。
手のひらで素早くころころと転がして綺麗な三角形を作れば、焼きおにぎりのベースは完成だ。
あとは、だいもんじを思わせるような強火で炙っては、タレを表面に重ね塗り。
こんがり焼き目が付くまでこれを繰り返し、最後に付け合わせのカットレモンを添えれば、宝食堂秘密のメニューになる。
あの人は、きっと今日も美味しそうに食べてくれるんだろうな。
そんなことを考えながらカウンター席の方をこっそり見ると、なぜかアオキさんとばっちり視線が合う。
それだけで、また昨日のことを思い出して急に恥ずかしくなった。
顔の温度がぐんぐん上昇していくのが、自分でもわかる。
いつもなら、美味しそうに食べてくれるアオキさんが見たいがために率先して焼きおにぎりを届けに行くところだが、この有り様では当然気が乗らない。
そういう時に限って他のお客さんに呼ばれることはなく、自らアオキさんへ焼きおにぎりを持ってく羽目になる。
彼の席に行くときくらいはしゃんとしなきゃと、背筋を伸ばしてお皿を持ち上げた。
「お待たせしました、焼きおにぎり…です」
「ありがとうございます」
しっかりしようと気合いを入れてから行ったのに、なんの意味もなかった。
結局彼を目の前にすると、私は途端に意気地なしになってしまうらしい。
運ばれてきた焼きおにぎりを見て嬉しそうに笑うアオキさんを直視してしまったら、手元のお盆でも落としてしまいそうだと思った私は、横目でちらと確認するだけに留めておいた。
ごゆっくり、とアオキさんの元を足早に後にしようとすると、あの、と珍しく彼に呼び止められる。
「今日は、どうかされましたか」
「え!?いや、大丈夫です!全然元気ですから」
「…そうですか」
アオキさんは一言そう言うと、何事もなかったかのように手を合わせて焼きおにぎりを大きな口で頬張り始めた。
なぜか私を気遣ってくれたアオキさんは、心配してくれてるのか、それとも何とも思ってないのか、正直よくわからない。
けれど焼きおにぎりが目の前にある今、アオキさんの関心はそれに決まっている。
貴方にとって私は、ただの店員だ。
それ以上でもそれ以下でもないことは知っている。
きっと、こんな風に心乱されているのは私だけ。
そう思うと私のこの胸の高鳴りは、ただ苦しさに変わるだけだった。
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