その後、私はアオキさんの側に行くことも出来ず、時間だけがただ過ぎていった。
こんなに金曜日の夜の忙しさを、恨んだことはない。
お会計を済ませて店の扉を閉めようとするアオキさんが見えた時には、慌てすぎてお盆を持ったまま店の外へと飛び出していた。



「アオキさん…!」


「…自分になにか」



食堂の敷地から去ろうとするアオキさんを、大きな声で引き止める。
少しだけ振り返った彼は、やっぱり疲れた顔をしていた。



「あの…さっきは、助けていただきありがとうございました」



やっとこの言葉が言えた。
本当は、もっと早く言いたかったのに。
深々と頭を下げてお礼を言うと、アオキさんが呟く声が聞こえてきた。



「自分が、見ていて不快だっただけです」


「え…?」


「あれではせっかくの飯が不味くなりますので」



飯が不味くなる、か。
いつだって食事のことを考えている彼に、少しだけ笑ってしまった。
それと同時に、ほんの少しの虚しさも感じた。
なんでだろう、それはさっきの胸の高鳴りのせいだろうか。
それでもただ1つ言えることは、どんな理由であれ、私は彼が助けてくれたことが嬉しかった。



「それでも、私は嬉しかったです…」


「そうですか、貴女のお役に立てたなら何よりです」



また来ます、と言ってその人は表情1つ変えずに、夜が更けるチャンプルタウンに姿を消す。
それが、いつの日か聞いた時のように、あの人にとって私は特に何でもない存在なんだって、思い知らさせたような気分になる。
そんなところがまた彼らしいと、苦笑いして、私はまだまだ賑わう金曜日の夜の宝食堂へと戻った。











「…そんなことがあったの」



仕事が終わって家に帰った私は、リビングのソファにうつ伏せになる。
構ってほしくて背中に乗ってきたプラスルとマイナンに、つい数時間前の出来事を話した。
いつもと少し違う私の様子をみた2匹は、私が元気がないと思ったのだろう。
背中でぴょんぴょん跳ねたと思えば、元気付けようと電気をぱちぱちさせる。
ありがとう、元気はある。
気持ちは疲れたけれど。
それよりも、助けてくれた時のアオキさんの顔が、今でも瞼の裏に焼き付いて離れない。
あの横顔を思い出すと、なぜか今でも胸が苦しくなってくる。
あの時はそういうこと、考えないようにしていたけれど、私。



「…アオキさんのこと、好きになっちゃったのかな」



その言葉を口にすると、息が詰まってますます苦しくなった。
彼は、うちのお店の常連さん。
私は、ただの店員。
美味しくご飯を食べてくれるアオキさんを、見ているだけで良かったはずなのに。
その気持ちに気付いたら、今までみたいに笑って迎えられる自信がない。
明日からどんな顔して、いらっしゃいませって、言えば良いの。
どんな顔して、料理を持っていけば良いの。
口にした気持ちは、ただの気のせいだと思いたかった。
心配そうに私を見つめるプラスルとマイナンに、どうしようね、と力なく笑いかける。
2匹は私の顔にそっと寄り添うと、寂しそうに鳴いた。




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