次の日も閉店間際に駆け込むようにやってきた常連さんの顔は、ひどく疲れていた。
お茶を出しに行って近くで見たら、目の下のクマが成長している。
やっぱりあの栄養ドリンクは人には効かなかったか、と人知れず肩を落としたつもりだった。



「貴女の気持ちだけでありがたいです」


「え…?」


「昨日のこと、気にしているんでしょう」



見透かされたような目で、アオキさんにそう言われた。
私が図星で固まっていると、出されたお茶をすすりながら彼は続ける。



「それに、自分はここで食事が出来れば十分です」



その一言で、私ははっとした。
そうだ、私が彼に出来ることは、美味しい料理を提供すること。
自分がどんな気持ちで、相手にどう思われていようとそれだけは変わらない。



「あの!今日は私のとっておきのメニュー、食べていただけませんか!」



アオキさんの返事もろくに聞かずに、私は勢いで厨房に戻った。
閉店間際ですっかり休憩モードに入っていたプラスルとマイナンを呼んで、アオキさんのところへ行くように指示すると、2匹は張り切ってカウンターへ飛び出していく。
明日の賄いのためにいろいろと食材を用意していたけれど、そんなのこの際どうだって良い。
地元じゃ伝説とも言われるそれを作るべく、私はエプロンの紐をぎゅっと結び直して厨房に立った。
既にそろっている必要な具材を一口大にどんどん刻んで、熱したフライパンにだいもんじ並の強火でさっと炒める。
そこに前々から何日もかけて仕込んでおいた、雷の如く金色に輝くスープと少量のモーモーミルクを加えて一煮立ちさせる。
その間に、プリンのほっぺとも言われるほど柔らかく打った麺を、一人前分掴んでぐつぐつと沸騰したお湯に投下。
タイマーの音と同時に素早く湯切りし、いつもはかけそばを入れている器に茹でた柔らか麺を入れる。
えんとつやまを模したように具材を山盛り盛り付けてそっとスープを注げば、違いのわかるグルメ好きのお客さんさえも唸らせるキンセツの郷土料理の完成。
キンセツキッチンの食べる伝説とも呼ばれる、キンセツチャンポンの出来上がりだ。



「お待たせしました!」


「あの、ナマエさん…」



満を持してキンセツチャンポンを持っていくと、これは一体、とぱちぱちと放電するプラスルとマイナンを肩に乗せて困惑するアオキさんがいた。
ご飯を作ることに気が行きすぎて、そのことを説明するのをすっかり忘れていた。
でも、そんなことより出来たてのキンセツチャンポンを彼には食べてほしい。
とりあえずこれを、と私の自信作を彼の目の前に置いた。



「これは…美味そうな匂いがします」


「キンセツ郷土料理のキンセツチャンポンです、召し上がってください」



美味しそうな香りに誘われたプラスルとマイナンが、アオキさんの肩から前のめりになって目を輝かせて見つめる。
2匹のその様子に美味いものなんだと確信したであろう彼は、手を合わせるとスープがたっぷり絡んだ麺を箸で掬い上げた。



「初めて食べる味ですが…とても美味いです」


「良かったです」


「この柔らかな麺と山盛りの具材、食べ応えがあります」



アオキさんは、その後一言も喋らずに黙々とキンセツチャンポンを食べ続けた。
熱々の麺を吹き冷まし、はふはふと口いっぱいにチャンポンを頬張る彼の横顔に、私の心はじんわりと温まり満たされる。
アオキさんは疲れた顔をしてるよりも、こっちの方がずっと良い。
スープ一滴残さず食した彼は、満足げな顔をした後、気付いたようにこちらを見る。



「あまりの美味さに思わず無表情で食べてしまいました、すみません」


「いえ!お口に合ったのなら何よりです」


「さすが貴女のとっておきのメニューですね」



食事に関すること以外では滅多に笑わないアオキさんが、ふと私に笑いかけた。
出されたキンセツチャンポンに、ではない。
私に、だ。
多分、他の人にされたってどうってことないはずなのに、彼だけは違う。
それに気付いた瞬間から、うるさいくらいどくどくと心臓が鳴り響いて、急に頭が働かなくなる。
頭だけじゃない、手の力も入ってなかった。
だから、ガランガランと足元で大きな音がして、手元が軽くなって、ようやく目が覚める。



「すみません…!」


「大丈夫ですか」



彼がお盆に触れるよりも先に、お盆を拾い上げて勢いよく立ち上がる。
その時にくらっと立ちくらみがしたのは、急に身体の中の血液を全部心臓に持っていかれたからだ。
さっき見た、アオキさんの笑った顔のせいなんかじゃない。
そう思っていなければ、立ってもいられなかったし、歩くこともままならない。
彼に何か話すことがあったような気がしたけれど、そんなことを思い出しているような余裕なんて、今の私にはこれっぽっちもなかった。




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