最近の宝食堂は、一時の忙しさから落ち着きを取り戻し、通常営業に戻りつつあった。
けれど、うちの常連さんは相変わらず疲れたような顔をしていた。
まあ、ジム戦繁忙期よりは、多少顔色は良さそうに見えるけれど。
アカデミーの課外授業が始まってからかなり経過したこの頃には、ジムよりもリーグに挑む生徒たちが増えてくるそうだ。
パルデアのリーグは一風変わっているらしく、チャンピオンが何人もいると聞いた。
なんでもチャンピオンテストに合格すれば、誰でも認定されるとか。
それを教えてくれたのは、意外にもアオキさんだった。
そういえばホウエンのチャンピオンは、長らくデボンコーポレーションの御子息が務めていた気がする。
少しだけ故郷のリーグ事情を思い出しながら、珍しくランチ時間帯よりも早くやってきたアオキさんにお茶を出そうとして、今更彼の変化に気付いた。
あれ、この人、こんなの身に付けていたっけ。



「アオキさん、それ…」


「ああ、これですか」



私が指差したものに気付いた彼は、そう言って右手に付けたグローブにそっと触れる。
今日の仕事で必要なものでして、とアオキさんは大きな溜め息を吐き出していた。
その様子を見るに、それはなかなか大変な仕事なんだろうなと察する。



「…今日ばかりは楽できないかもしれません」


「そう、なんですね」



いつにも増して溜め息が深い彼に、なにか出来ることはあるだろうか。
最近の私は、そんな事ばかりを考えている気がする。
そうだな、もしもうちのご飯が外でも食べられたら、小腹が空いても少しは元気になってもらえるだろうか。
思い付いた私は、ちょっと待っててもらえますか、とアオキさんに一言伝えてすぐに厨房に戻ってその準備を始める。
作り慣れたあのメニューを、手早く作るのはもうお手のもの。
けれど、お持ち帰りメニューなんて本当はやってないから、女将さんにバレたら流石に小言を言われそうだ。
彼が持ち帰れるよう、2人前の焼きおにぎりをレモンも別で添えて簡単に包む。
こっそりとその作業をするのは、少しだけドキドキした。
でもこの胸の高鳴りは、多分それだけじゃない。
どんなに大変な仕事か、私にはよくわからないが、きっと上手くいきますように、とこっそり焼きおにぎりに願いを込めた。



「あの、これ」


「…なんでしょう?」


「差し入れです、その…仕事の合間に良かったら」



アオキさんは、箸を置いてそれを受け取りお礼を言った。
そして、しばらく受け取ったものを眺めると、ほんの少しだけ口元が緩む。
彼が、そうやって料理を持っていく度嬉しそうにしてくれるから、私もついこうしてお節介をしてしまう。
昨日おろしたばかりの空色のクロスの結び目に、普段エプロンの腰紐に付けているかいがらのすずを付けただけのシンプルな即席のランチボックス。
ホウエンで少しだけ旅してた時に作ってもらったかいがらのすずが、アオキさんの指に触れると小さく鳴る。



「これはいつも身に付けている貴女の大切なものでは?」


「えっと、今日だけ特別に貸し出しです」



アオキさんが頑張れるように、と付け足すと彼は少し驚いたような顔をした。
それもそのはず、別に人に持たせたって元気になれるわけじゃないのだから。
そのことに後から気付いて、私は慌てて言い訳をする。



「って、アオキさんに持たせても意味ないですよね!」


「…そんなことも、ないです」



彼はそう言って珍しくふいと目を逸らすと、口元を手で隠した。
あれ、てっきりそうですね、とか真顔で言われるかと思っていたのに。
なんだか予想もしてなかった返事に、私はぽかんとしてしまう。
一方でアオキさんは次の仕事に急いでいるのか、テキパキと支度をして席を立っていた。
お客さんのお帰りに、慌ててありがとうございました!と一礼すると、彼はほんの少しだけ振り返り頭を下げていってしまった。
見間違えかもしれないけれど、その横顔は心なしか赤みが差していたようにも見えた。




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