Sucreve
元カレ埋めに行く
うっかり?ころころした元カレを月島さんと埋めに行く話。
人を殺した者の台詞に、よく『殺すつもりはなかった』とあるが、その時の女には殺すつもり“しか”なかった。
狭いアパートの一室で女は死体と対峙していた。女の以前の恋人だった。
別れたのは数年前。男の浮気癖がひどく見限ったのだ。それが何を思ったのか、男は一月程前唐突に女の前に現れて『俺にはお前しかいない』『あの時はどうかしてたんだ』といった戯言を繰り返した。
女の心に男は既にいなかった。その為何を言われても全く恋心も慕情も湧いて来なかった。つまり女にとって男はその程度の人間だったということだ。
最初は駅だった。駅で女の姿を見るやいなや名を呼び腕を掴んだ。やっと見つけただとかそういったことを口走る男が何処の誰なのか女は一瞬わからなかった。
しかしすぐに数年前に別れた恋人であると気付いた。女が思い出したことが嬉しかったのか男は破顔すると女の迷惑そうな顔に気付くこともなく、また女が聞いてもいない近況をぺらぺらと喋り出した。
女と別れてから当時の浮気相手とつき合ってはみたがうまくいかず、数ヶ月で破局。その後他の女とつき合っても長続きせず、親からは孫の催促をされている。そうして思い出したのが数年前につき合っていた女の存在だった。
男は『お前と何年かつき合ってたろ?だからお前とならいけると思うんだよね』と、軽い調子で言った。
それを聞いた女は『浮気しといてそれは無い。無理。二度と関わらないで』と吐き捨てて男の手を振り解いた。
逃げるようにして雑踏に紛れ込み、何とか男をまいた。とんでもない奴に会った、と深い溜息を吐きながら玄関の鍵を開けていると足音が聞こえた。見れば隣人である男が帰宅したところだった。
「……こんばんは」
「こんばんは」
軽く頭を下げて部屋に入る。隣人は月島という男だ。一般的な男性よりも背は低く、目つきは悪いが真面目な人だと女は思っている。
朝は決まった時間に家を出るし、洗濯もこまめにしているようで毎日のようにベランダに洗濯物がはためいている。
ゴミ出しもきちんと時間を守っているし、分別も完璧だ。少し見た目が怖いので最初に挨拶に来られた時女は少し身構えた。それが月島にも伝わったのか、眉を下げて『隣に越して来た者です』と白いタオルを差し出してきたことをよく覚えている。勿論今はそんな身構えることもなくなった。むしろあの時怖がってしまって申し訳なかったと思っているくらいだ。
「……アイツも月島さんくらい真面目だったらよかったのに」
女は冷蔵庫からビールを出して、元彼とは全然違う、とぼやいた。男は浮気癖もひどかったが日常的にもひどいところが多々あった。つき合っていたのは大学生の頃なので多少は致し方無いかもしれないが、脱いだ服を辺りに放り投げていたりゴミを捨てずにそのまま放っておいたりとまるで子供のようだった。勿論それを片付けるのは毎回女の役割だった。
「何がお前となら、よ。私が散々我慢してたんだっつーの」
女にとって初めての恋人だった。それ故に、私がしてあげなきゃといったような使命感があった。今にして思えばあの時きちんと男にも家事をするよう言っていたら何か変わっていたかもしれない。そんなことを思っても今更だが。
女は苛々した気持ちをビールと共に流し込んだ。
◆
翌日、どこからどう調べたのか男は家の近くにいた。女は心底嫌そうな顔をして男を振り払い、逃げた。それが数日続いた。更に男の行動はエスカレートし、会社の前や家の前で女を待つようになった。
帰る時間をずらしたり、友達の家に泊まったりしても効果は無く、警察に相談しても『被害が無いとねぇ……』とありきたりな言葉を返されただけだった。
そうして女の怒りは頂点に達した。男に『話くらいなら聞く』と言って部屋に上げて、酒を飲ませた。泥酔した男の首に用意しておいたロープを巻いて、力の限り締め上げた。男は暫くのたうっていたがすぐに静かになった。一階でよかった、と思うと同時に月島に何か聞こえていないだろうかと不安になった。
隣室との境である壁に耳を当てる。自慢ではないがこのアパートの壁は薄い。なので耳を澄ませば生活音は簡単に聞こえる。
暫し待ったがらしき音はしない。どうやらまだ帰っていないらしい。月島が朝家を出る時間は同じなのだが帰って来る時間はまちまちなのだ。幸いなことに今日は帰宅が遅いらしい。女は胸を撫で下ろした。
女はこの一週間程調べ物をしていた。死体の処理方法だ。家庭でも出来るようなものがよかったのだが今一つ見つからなかった。
薬品で溶かそうにも劇薬の購入には身分証が必要だし、燃やそうにも場所は無い。海に沈めるにしても船も無い。崖から落としても上手くいくかどうか。
そうなれば古典的だが埋める以外に無いなと女は深い深い溜息を一つ吐いた。それは殺してしまった罪悪感なんかではなく面倒臭くてたまらないという怠惰の証だった。
いっそこのまま放ってどこかに逃げてしまおうか。そんな思いが脳裏を過ぎる。しかしこんな男の為に今の生活を捨てるのは嫌だと考え直した。どのみちこの死体が、この殺人が露見したらこの生活とはさよならしないといけないわけだが。
女は殺す方法や処理方法については調べていたが具体的な場所までは考えていなかった。否、一応ぼんやりとあの山の辺りならと思う場所があるのでそこに行くつもりだが果たして本当にそこで大丈夫なのだろうかと思ってしまう。その山に詳しいわけではないので野生動物に掘り返されたりしないか、人に見つかったりしないかと考え事は尽きない。
「…………やるか」
女は大きく深呼吸して決意を固めた。いずれにしろ、やらないよりはやった方がマシだろうと。男の死体を引きずり、風呂場へ運ぶ。流石にこのサイズでは運べないので解体する為だ。
前もって買っておいた鋸や包丁を用意する。両腕、両脚、頭、胴体。これくらいにすれば運べるだろう。
鋸を手にした女の脳内は不思議なくらいに冷静だった。普通なら死体を見ただけで倒れる者もいるくらいなのに、女は今からその死体を解体するのだ。勿論経験は無い。そもそもグロテスクな物とは縁が無い。せいぜいがマンガやアニメくらいだ。
そんな自分が何をしているんだかと自嘲しながら男の肩に鋸のぎざぎざとした刃を当てた。
◆
結局男の死体を両腕と両太股、両脛から下、頭部、胴体と分けて女はやっと一息ついた。腕はともかく足がどうにも大きかったので二つに分けた。胴体も本当なら半分に分けたかったが内臓が出ると面倒な事になりそうだったのでやめた。腸はとても長いとどこかで見たような気がしたのだ。
そうして出来た八つのビニール袋。血抜きをしなかったので血溜まりが出来ているそれらを黒いビニール袋に入れて運ぶことにした。暗い今の内に車に積み、明日の朝早くに埋めに行くつもりだ。
玄関を少し開けて辺りを見回す。時刻は午前一時を回っている。歩いている人もいない。
今だ。両手に両腕の入ったビニール袋を提げ、女は家を出た。数歩進んだところでかつかつと足音が聞こえた。
「!」
戻ろうとしたが遅かった。足音の主としっかり目が合った。主は隣人である月島だった。
「……こんばんは」
「こ、こんばんは」
冷や汗を垂らしながら挨拶を返す。月島は女の手にあるビニール袋を怪訝そうな顔で凝視していた。黒い袋に入れていてよかったと心の底から安堵する。何が入っているかはわからないはずだからだ。こんな時間に持っていることを含めて多少不自然だとしても。
「あ、あー、これ、ゴミなんですけど、明日ゴミ処理場に持ってこうと思ってて、はは、今の内に車に積んどこって思って、それで」
誤魔化す為に口を開いたがどんどん口数が増える。月島は女の言葉を無言で聞いていたかと思うと「手伝おう」と言った。
「え、っ、いや、だ、大丈夫ですよ、そんな、月島さんもお疲れでしょうから、うん」
女は勢いよく首を横に振った。少し筋が痛かったがどうでもよかった。手伝われるわけにはいかない。いくら黒いビニールに入れていても触られたら更に怪しまれるに違いない。女は何とかして断ろうと頭をフル回転させて断り文句を考えていた、時だった。
「埋める場所の当てはあるのか?」
月島が言った。その言葉に女の顔面から血の気が引いていく。へたり込みそうになるのをどうにか堪え、「な、何の、話ですか……?」と返した。
「血の臭いがする」
「……っ!」
「大方、ここのところつけ回していた男だろう。堪忍袋の緒が切れたか」
「…………」
全てお見通しらしい。しらを切るか、果たして切れるのか。一瞬で真っ白になった頭では何も考えられない。女は観念して頷いた。
このまま警察に通報されて、逮捕されるのだろう。女の脳裏を様々な感情が駆けめぐった。しかしすぐにはた、と月島を見た。何故そこまでわかっているのに手伝うなどという発言をしたのか?
月島は女に「着替えてくるから少し待ってくれ」と言い残すと部屋に消えた。五分も経っていないだろう、出てきた月島はスーツからラフな格好に変わっていた。
「貸せ。……あと何袋だ?」
「……ろ、六……」
「そうか」
月島はビニール袋を軽々持つと、駐車場に停めてある月島の車へと積み込み始めた。てっきり自分の車に積んでくれるのだと思った女は困惑した。
頭部のビニール袋は女が、残りのビニール袋は全て月島が運んでくれた。そうして「今から出るぞ」と女を車に乗せた。
「え、あ、あの……」
「夜の方が人目につき難い」
「……はい」
そう言われたら従うしかない。女は大人しく助手席に座った。後部座席には男の頭部と胴体が乗っていた。
「……途中でコンビニ寄るか」
「え?」
「腹減ってないか?」
言われて胃の辺りに意識を持っていく。確かに男に酒を飲ませて潰す為に自身は大して口に物を入れなかった。空腹である、ような気がするとやっと思った。
「それなら先にコンビニに寄ろう」
月島はハンドルを切り、最寄りのコンビニへと進路を変えた。そういった気配りも出来るのかと女はぼんやり思った。
コンビニでお茶とコーヒー、煙草、おにぎり、パンを幾つか買い込み車は山道をひた走る。無言の車内。車の走る音と、時折後部座席からする水音だけが耳を刺激した。
車は山道をひた走り、舗装もされていないようなルートを進む。不意に視界が開け、木々の無い場所に着いた。
「この辺なら人も滅多に来ないし県道からも外れているからいいだろう」
月島はそう言うと車を停めた。何故そんなことを知っているのかと聞く勇気は女には無かった。
「埋めるからそこで待っててくれ。何なら飯でも食ってろ」
「あ、はい……」
月島はトランクからスコップを出すと、地面を掘り始めた。車のライトが照らすそこにざくりざくりと穴をあけていく。その慣れた様子に女は怪訝な顔をする。
何故そうも手慣れているのか、何故スコップがあるのか。そもそも何故こんな場所を知っているのかも不思議だった。
しかし女の脳はどこか麻痺したようにぼんやりとしていた。それらの疑問に触れることはなくコンビニの袋からパンを取り出すと封を開け、口をつける。選んだのはフレンチトーストだった。甘味が舌に広がり、美味しい、と女はふと思った。
今までどこか現実味が無かった。元カレを殺したことも、こうやって月島と共に山奥に埋めに来たことも。それがコンビニで買ったフレンチトーストの甘味によって急に現実味を帯びた。これは夢でも何でもないのだと。
深めに掘った穴に袋ごと捨てるのかと思いきや中身だけ。それも離れた場所に、数カ所に分けて肉塊を埋めていく月島。やはり手慣れている、と女は思った。
フレンチトーストを食べ、コーヒーを飲み、今日は三日月が綺麗だなと空を仰いだところで月島に「終わったぞ」と声をかけられた。
「あ、ありがとうございます……」
「いや、いい」
ふぅ、と月島は息を吐いて車に戻った。扉は閉めず、開けたままでコンビニの袋に手を伸ばす。添えられていた薄いおしぼりで手を拭き、おにぎりを取り出すとそれにかぶりついた。今し方死体を処理した人間には見えなかった。
暫しの無言。様々な疑問はあるが、一番気になるのは何故月島が自分に協力してくれるのかだ。聞くなら今しかないだろうと、女は口を開いた。
「……あの、月島さんは、何で手伝ってくれるんですか……?」
普通であれば警察を呼んで、隣人が殺人を犯したらしいと伝えるものだろう。しかし月島はそれをしない。どころか隠蔽につき合ってくれている。その目的も意味もわからず女は震える声で尋ねた。
「…………」
月島は無言でおにぎりを食べていた。聞こえていないのかと思ったが、月島の視線は不自然に上下している。聞こえていないわけではないらしい。女は月島の言葉を待った。
たっぷりと五分程経っただろうか。月島はやっと女の疑問に答えた。
「お前は覚えていないと思うが」
そう前置いて月島が語り出したのは二十年程前の話だった。月島も女もまだ小学校に通うか通わないかという頃のことだった。
「ウチは親父が酒飲みでな。飲んだら手がつけられなくなっていた。そんなだから家に帰りたくなくて近所の公園なんかで時間を潰していた。そこに、お前が来たんだ」
女は記憶を辿り、そう言われてみればそんなこともあったかと思い出した。
学校帰りいつも公園で一人ブランコに座っていた坊主頭の少年。毎日いるものだから気になって声をかけた。よかったら一緒に遊ばないかと。
日が暮れるまで、時には日が暮れてからも少しだけ。毎日女は少年と遊んでいた。自己満足と言われればそれまでだし、実際はただ何となくという気紛れでしかなかった。
それが証拠に学校に通うようになって、新たな友達が出来て、次第に女は公園へ行かなくなっていた。
それでも月島にとってはその一時は幸せな時間だった。目を細めた月島の表情はひどく優しい。
「だから、本当に驚いた。あの家を出て、遠く離れた地で越した先の隣人がお前だったことに。……ガラじゃないが、運命だと思ったんだ」
再会は偶然だったらしい。だからこそ運命のように感じられたと月島は語る。
「…………」
女は急に不安にかられた。そんな風に思っていたというならこの事実を利用して自分をどうにかするつもりなのではないかと。女も月島を憎からず思ってはいなかったがいざそんな話をされるとどんな反応をしていいのかわからない。それも二十年近く昔からとなるとうっすら恐怖を感じる。
女が深刻そうな顔で俯いたのを見て月島は声をかけた。
「どうした?寒いか?」
「い、いえ……大丈夫です……」
女が首を振ると月島は納得したようだった。そしてすぐに女の不安の正体に気付いたらしく、はっとしたように「心配しなくていい。このことでお前をどうこうしようとは思っていない」と言った。
「え……?」
「そんな方法でお前を縛るつもりはない」
「……じゃあ、何で手伝ってくれるんですか……」
「俺がお前を助けたいだけだ。あの頃、俺が救われたように」
「…………」
「だからお前は何も気にしなくていい。全部俺の勝手だ」
月島の言葉はひどく女の胸を打った。幼い頃の事で、当時の自分にさしたる覚悟も何も無かった。ただの自己満足でしかなかった行為に理由をつけてくれるなんて思いもしなかった。更にそれを理由に犯罪の片棒を担いでくれるだなんて、と。
うっすら感じた恐怖は消え去り、正反対に月島を想う気持ちが生まれた。何とも現金なものだが女にそれを止めることは出来なかった。
「……月島さんって、何か好きな物ありますか?」
「どうしたいきなり」
「お礼をしたいと思いまして」
「気にしなくていいんだぞ?」
「月島さんが勝手にしてくださったように、私も勝手にしたいんです」
きっぱりと女が言った。月島は目を丸くして、ふっと笑った。
「……そうだな、米が好きだ」
「お米……」
「あぁ」
「……それじゃあ、美味しいお米とご飯のお供、何か探して持って行きますね」
「楽しみにしている」
にこりと笑い合う二人。つい先程罪を犯したばかりだというのにそんなことを微塵も感じさせない笑みだった。
女は思った。きっとこの男とならば地獄でも歩いていけるだろうと。そして月島は躊躇う事無くそれに応えてくれるだろうと。
夜空に浮かぶ冴え冴えとした三日月が、静かに二人を見下ろしていた。
終.
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