Sucreve


叶った想い


「勉強教えてあげよっか?」と聞かれたのは小鉄が小学三年生のことだった。
それを口にしたのは四歳年上の無一郎だった。無一郎は先輩風を吹かしたいのだろう。そう思いつつも小鉄は素直に答える。
「勉強なんて授業聞いてればどうとでもなるでしょう?」
優等生の台詞だった。授業さえ聞いていれば試験なぞ気にすることもない。小学生ということもあるだろう、勉強はそこまで難しい内容でもない。そんな口調に無一郎は舌打ちする。それが聞こえた小鉄は困惑したように「何なんですか……」と呟いた。勿論無一郎は何も言わなかった。
無一郎は小鉄のことが好きだった。それは友愛として、や近所の弟分としてではなく、歴とした恋愛対象としてだった。
世間が許すのであれば、小鉄が受け入れてくれるならばその小さな体躯を腕に閉じ込めたいと思ったし、叶うのであれば唇を重ねたいと、その先に進みたいとすら思っていた。
しかし同性であるという点、また年が離れているという点でどうしても我慢せざるを得なかった。
ある日のことだった。クラスの早熟な女子が「勉強を教わる口実に部屋に上がり込んだりキスをねだったりするのっていいよね」と少女漫画を見ながらクラスの女子と喋っていた。
それを小耳に挟んだ無一郎は納得した。大義名分があれば小鉄とそういった行為を出来るのではないかと。
そうして話は冒頭に舞い戻る。勉強を教えてやる見返りにハグやキスなど恋人のような行為が出来るのではないかと。なのでそう申し出てみたのだが小鉄の反応は大変に冷たかった。
結局無一郎はその場で諦め、深い深い溜息を吐いた。無一郎14歳、小鉄10歳の頃の話だった。


  ◆


数年経ち、小鉄が来年中学生になるという年のことだった。その日無一郎は小鉄の家に遊びに来ていた。
今日は何をしようかと思っていると小鉄がどこか申し訳なさそうに言った。
「……時透さん」
「何?」
「…………勉強、教えてくれたりとかしませんか」
小鉄の突然の申し出に無一郎は目を見開いた。以前勉強を教えてやろうかと言った際は『授業を聞いていればどうとでもなる』と言っていたというのに、と。
「どうしたのいきなり」
「…………もうすぐ、中学校の受験なんですけど、どうしてもそこ行きたくて」
「受験?どこ行くの」
「…………」
てっきり近くの公立中学校に通うのだろうと思っていた無一郎は首を傾げる。小鉄はどこか言いづらそうに口をもごもごとさせている。
小鉄は暫く視線を宙に彷徨わせてから、無一郎の通う学園の名を口にした。どうしてもそこに行きたいという小鉄の発言と合わせて考え、無一郎の胸が高鳴る。もしや、自分がそこに通っているからではないだろうかと。
「……ダ、ダメならいいです。自分で何とかします」
無一郎が何も言わないのを不安に思い、小鉄は言った。しかしすぐに無一郎は「ダメなんかじゃないよ」と柔らかな笑みを浮かべる。
「その代わり、何か見返りが欲しいな」
「は|?」
「ダメなの?折角教えてあげるのに」
そう言う無一郎の笑みに、ただの見返りではいけないのだろうと小鉄は察してしまった。それくらいの知識も小鉄にはあったし、この頃には無一郎の感情にも気が付いていた。また、それが嫌ではない自分の想いにも。
「…………」
小鉄は暫し悩み、「わかりました……」と無一郎に近づいた。そうして無一郎の両頬に手を添える。
てっきり断られると思っていたのに、予想外な小鉄の行動に無一郎が何か言葉を発しようとした時だった。
小鉄はその小さな唇を無一郎の頬に一瞬触れさせ、耳まで赤くしながら言った。
「……こ、これじゃ、ダメです、か……」
ただ頬に口付けただけ。たったそれだけの行為にそこまで恥ずかしがる必要はあるのだろうか。思いの他純情なその様子に無一郎は息を呑み、すぐにその唇を三日月形に歪めた。
「今日はそれで我慢するよ」
にまりとした笑みに小鉄は教わる人選を間違ったかもしれないと思う。しかし今更それを口に出来るわけもなく。
何も知らないであろうこの少年に、これから先何をどうやって教えてやろうかと無一郎は頭の中で算盤を弾くのだった。


終.

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