黄金色に溺れる
イギリスの飲み会事情とか知ったこっちゃないです。
上司に酒を飲ませようと決めたのは、同じく上司であるエメットさんに「インゴって実はお酒飲めないんだよね」と言われたからだった。
傍若無人なボスの弱点が酒。何それめっちゃ気になる。昏倒するのか真っ赤になるのかもっと違う変化を見せるのか。とても見たいと過ごしていたある日、飲み会が開かれることになった。それもギアステーションの一室にレジャーシートを広げるという大学生みたいなノリで、だ。
曰く場所の確保が面倒。移動が面倒。飲みたいもの食べたいものを各自買って来るなりデリバリーなりすればいい、金は出す。という太っ腹なんだか雑なんだかな飲み会だ。けれど周囲の客に気兼ねなく騒げるし閉店時間も気にしなくていいのはメリットである。
人によっては明日も仕事なのでこのまま仮眠室に泊まるという猛者もいる。ちなみに私も明日は出勤。とはいえザルなのでそこまで気にすることはない。適当に飲んだら帰るつもりだ。
そんなわけで今日のミッション、ボスに酒を飲ますを実行することにした。
遠くで一人煙草を吸っている上司……インゴさんのところにウイスキーの瓶片手に向かう。
「ボスー、飲んでますかー?」
飲んでないのなんて知ってるけど聞いた。ボスはこちらを見て、グラスを示した。グラスの中には黄金色の液体。側にはピルスナーの瓶があるのに気付いた。あれ、飲んでる。下戸って聞いたのに。しかし泡立ってないところを見るとちびちび飲んでいるのかもしれない。ビールだぞお前一気にいけよ。
「……じゃあよかったらこれもどうそ!」
近くにあったグラスに持って来たウイスキーを注ぐ。ボスは渋い顔をした。お?もしかしてあれか、ちょっとなら飲めるけど度数高いのは無理的な?
「どうぞ!」
無理に飲酒勧めるのいくない、と知ってはいるけど嫌だってまだ言われてないからセーフ。多分。
「ちゃんと美味しいやつなんで!ちょっと高いやつです。……あ、もしかしてウイスキー飲めなかったりしますか?」
酒の好みってあるよねと思いつつ、わざと飲めないのかと聞いた。嫌いですかと聞かなかったのはボスを煽りたかったから。あと嫌いって逃げられないように。
「…………」
ボスはふぅ、と煙を吐いて私の差し出したグラスを取った。グラスを傾けて一口。いや、一口も飲んでないと思う。それくらい水位に変化は無かった。
グラスを戻したかと思うとボスの顔が一気に赤くなる。これはまずいやつかもしれん。煽るんじゃなかった。
「すみません、お水取って来ます」と行こうとしたら腕を掴まれた。
「…………」
「ボス?」
ボスは無言で私の腕を握っていたかと思うといきなり引っ張ってそのまま私を両腕で捕らえてしまった。がしりと抱き締められて身動きが取れない。
「!?」
「…………」
「ボ、ボス……?」
「…………人に酒を飲ませておいて自分は逃げるつもりですか」
「はい?」
「逃げるつもりですか」
「いえ……お水取って来るだけですけど……」
「逃げるつもりじゃないですか」
「戻って来ますけど……」
「逃げる事に代わりはありません」
「えぇ……」
何だこれ絡み酒?面倒な感じになってしまった。どうしようと思う私の胸元に顔を埋めるボス。……いや待ってこれセクハラじゃない?何してんのこの人?深呼吸しないで?いやマジ何してんの?
「……撫でてもいいですよ」
「はい?」
「特別です」
「…………」
「撫でないんですか」
「……撫でます」
「それでいい」
よくわからんがボスの頭撫でれるとか最高じゃん。細く柔らかな髪の毛に指先を入れるとボスはくすぐったそうに声を漏らした。
そのまま頭全体を手のひらで包むようにゆっくりと撫でる。髪の毛綺麗だなー……。いいシャンプー使ってんだろうな。
黄金色の柔らかな髪の毛を堪能しながらゆるゆると撫でていたらボスの体から力が抜けて私にもたれかかってきた。支えきれずに崩れていって、私の膝を枕に完全に横になってしまった。何この状況。
どうしよ、と撫でるのを止めるとボスがじとりとした目でこちらを見上げる。蒼い瞳はウイスキーのせいだろう、ぼんやりとしていた。
「撫でると言いましたよね」
「あ、はい」
どうやら撫でろという意味の視線だったらしい。何それ。背景に宇宙と猫を感じながらボスの頭を撫でる。ご満悦らしく、ボスは目を閉じてうっすら笑みを浮かべた。
「…………」
というかピルスナー飲んでんだから少しくらいは飲めるんじゃないの?流石にウイスキーちょっと舐めたくらいでこうはならないでしょ。
ふと思い立ち、ボスのグラスを取って飲んでみると何のことはない、ただのお茶だった。道理で泡立ってないわけだ。あれじゃあ瓶は?持ってみたピルスナーの瓶は空だった。どこからかくすねてきたようだ。そういえば栓も栓抜きも側に無い。
「マジか」
本当に下戸だったらしい。エメットさんの情報は何ら間違っていなかったということだ。やっぱりお水取って来よう、と思えど動けない。私の膝を枕にして両腕は私の腰にぐるりと回っている。そしてボスも動かない。
「ボス?」
「…………」
ボスはすうすうと寝息を立てて寝ていた。嘘だろおい。何してんだこの人。
見た目細い割に妙に重いのでボスは結構筋肉があるのかもしれない。そういえばさっきも抱き締められて動けなかったしな。
……うん、抱き締められたな……?
自分の身に起きていることが色々と受け入れられない。私は何でボスに膝枕してるんだろうか。あと何で抱きついてきたんだろうか。酔っぱらい怖い。絡み酒怖い。
遠い目をしているとエメットさんがこちらにやって来た。
「あっもしかしてインゴにお酒飲ませた?」
「あー、はい」
飲ませちゃいました、と言うとエメットさんは「あー。…………うん、まあ、いいや。写真撮っとくね」と変な事を言い出した。しかし言われてみると確かにボスの寝顔なんて貴重だな。ピースしとこ。
「ノリいいね。もう一枚いっとく?」
「お願いします」
かしゃかしゃと何枚か写真を撮ってもらったし自分もボスの寝顔
を一枚撮った。勿論撮ってもらったやつは送って貰う。
撮った写真どうするんですかとエメットさんに聞いたら今度インゴに理不尽言われた時使うと返ってきた。兄弟仲は悪いのかもしれない。
「インゴ何か言った?」
「何かとは……」
「うーん。じゃあいいや。ぼくが言うことじゃないから。……にしてもよく飲ませたね。拒否しなかった?」
「ああ、ウイスキー飲めないんですか?って煽りました」
素直に答えるとエメットさんが噴き出す。そうして「やっぱりきみってすごいね!」とお褒めの言葉をいただいた。何がだ。
「ところで私そろそろお暇したいんですけど何か代わりになりそうなものありますかね」
「クッション取って来てあげる」
「ありがとうございます」
少ししてどこからともなくクッションを取って来てくれたエメットさんの手を借りつつボスを膝から下ろした。
「じゃあすみませんが後はお願いします」
「うん。お疲れさまー」
「失礼しまーす」
ついでに他の人達にも挨拶をして帰路につく。……ボスって今日の記憶あったりするのかな……なんて思いながら。
翌朝、全ての記憶が無いらしいボスを見ていたら「仕事しないなら給料は出しません」とすっぱり言われたので次もまた酒を飲まそうと決めたし、エメットさんに動画も頼む事にした。
end.
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