Sucreve

マーキング







昼過ぎた頃というのはどうしても眠気に襲われる。仕事が書類の入力作業とくれば尚更だ。ふぁ、と欠伸をこぼすと「起こしてあげましょうか」とボスに言われた。直後後頭部に当たる固い感触。それとがちりという音。撃鉄起こしたな。
「永眠するやつじゃないですか」
起きないですよねそれと言いながらデスクに置いていたボトルガムを一粒口に入れた。ミントの味で多少眠気が飛んだかと思っているとふぅ、と背後から煙草の煙をかけられた。髪の毛がさわりと揺れて煙草の臭いにガムの味が負ける。
「ニオイつくからやめてください」
「…………」
文句を言っても未だにボスは煙を吹きかけてくる。鬱陶しいなこいつ。
「インゴ、そんなことしなくてもその子はインゴのお気に入りってみんなわかってる」
もう一人のボス、エメットさんの声がした。けれどその内容に納得がいかない。
「私気に入られてるんですか?」
「えっ」
「は?」
「だってこれ嫌がらせでしょう?」
そう聞くとエメットさんが笑い出した。後頭部の固い感触がなくなったのでインゴさんは銃を下ろしたらしい。腕が疲れたのかもしれない。
「違うよきみ、これインゴなりの愛情表現っていうかマーキング!きみのこと好きだからだよ!」
「匂いでマーキングって獣か何かですか」
猫ちゃんがすりすりしてくるのは全然許せるけど自分よりだいぶでかい男にそんなことされても嬉しくも何ともない。しかも煙草の臭いをつけてくるってやっぱ嫌がらせだろう。素直に答えるとエメットさんが更に笑う。余程ツボにハマったのか机をばしばし叩きながら。
「きみ辛辣だね!インゴのことそんなに嫌い?」
「……可もなく不可もなくですかね」
「いっそ嫌ってあげて」
中途半端よくないと言われてもしょうがない。大した感情は抱いていない。ただの上司でしかないし。するとインゴさんが「……あなた明日休みでしょう」と言った。
「はい」
「何か予定があるんですか」
「特には」
「……では、…………食事にでも、行きませんか」
「何で休日に上司に会わないといけないんですか」
間髪入れずに返すとエメットさんがまた笑い出した。呼吸音おかしいけど大丈夫かしらこの人。咽せてるし。
ちらりと振り返って見たインゴさんは唇をわなわなと震わせて二の句も継げない状態になってしまった。言い過ぎただろうか。
……だけど私だって、自分の口で好きって言葉一つ言えないような奴に靡く気は無い。


end.


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