
02
小鳥のさえずりが聞こえる。もう朝か。ということは、さっきのは夢だったのだろう。とんだ悪夢だった。あ、でも自分が死ぬ夢って確か夢占い的には良い夢だって聞いたことある気がする。やっぱり夢で良かった。
草の匂いのするベッドから起き上がり、伸びを一つ。――草の匂い?
寝ぼけ眼をかっと見開く。私のいる場所、ここはどう見ても屋外。
私が寝転がっていた場所も地べただし、眼鏡かけたまま寝てたし、私が着ているのもパジャマではなく学校の制服だ。よりにもよって制服! シワになるとお母さんに怒られる……ちなみに制服にシワが寄ったからといってアイロンでシワを伸ばすと、もれなく生地もテカテカになるので良い子も悪い子もマネをしてはいけない。
それにしても、ここはどこだろうか。
見渡す限り広大な草原(北海道かな?)、そこら辺に生え放題の針葉樹林(北海道かな?)、そして地面にうっすらと残る白い雪(北海道だな!)。
……北海道がどんなところかは知らないけど。私の北海道発言は基本的に「あくまでイメージです」という注釈がつくことを覚えておいていただきたい。でも私、何でこんな北海道チックな場所に寝ているんだろう。あっ、分かったこれも夢だ。
こちらに向かってくる騎馬軍団も、夢の中の出来事なら納得だ。北海道はもちろんのこと、現代にあんな中世ヨーロッパ的な乗馬貴族があんなにたくさん存在するわけない。
そんな馬に乗った人達、団体でこっちに走ってくる。えっ、ちょっ、こっち来ないで欲しい……。そんな大勢でやって来たら丸腰の私はなすすべもなく轢かれてしまう。馬に轢かれるのって、交通事故に含まれるのだろうか。どうでも良いことがふと頭をよぎった。
そんなことより、これは逃げるべきだろうか。でも、どこに逃げれば良いか分からないし、夢ならまぁ轢かれたって死にはしないだろう。
私は大人しく軍団が向かってくるのを待った。何となく正座をしてみる。足が痺そうですぐに崩した。……人と対面する時に自分だけだらしなく座ってるのも何だかアホっぽい。とりあえず立ち上がってみる。……足が痺れて力が出ない。
そんなくだらないことをしていたら、軍団はあっという間に近付いてきた。
私は眼鏡をかけているとはいえ元々視力がかなり悪い。それでも見えないなりに目を凝らして軍団を観察してみた。
皆一様に鎧を纏っていて、完全武装も良いところだ。ますます現代と乖離していく状況に現実味がますますなくなってしまった。早く目覚めろ私。
ハッキリと見えるくらい近付いた頃には、軍団は速度を緩めていた。轢かれる心配がなさそうなのは一安心だ。
先頭にいるのは……黒い鎧を着た男だった。身なりからして何だか随分と高貴で立派そうな身なりをしている。そしてイケメンだ。黒髪と黒目は日本人にもよくある色合いだけれど、彫りの深さは日本人のそれではない。切れ長の目に高い鼻梁、整った顔立ち――学校の美術室で見かけるギリシャ彫刻のようだ。その容姿の全てが全力で「日本人なわけあるか」と言っている。この顔を見たら日本人が醤油顔と言われたって仕方が無い気がしてきた。
「おい、お前」
馬上から見下すようにイケメンは私に声をかけた。高貴で立派そうだと思っていたが少し訂正する。高慢で偉そうの間違いだった。
そんな偉そうなイケメンは、私の格好を見て不審そうに顔をしかめる。
「お前がドーマの申し子とやらの胡散臭い預言者か」
偉そうなイケメンの言葉に、目が点になっているのが自分でも分かった。
ドーマ?
預言者?
訳が分からない。
「えーと……良く分からないんですが、とりあえずここどこです?」
「質問をしているのはこちらだ。さっさと答えろ」
イケメンはすごくイライラしていた。最早殺気と言っても良い気がする。イライラしていようがしていまいが正直どうでも良いけど、無関係な私にそのイライラをぶつけるのはやめて欲しい。
もう少し話の通じそうな人はいないのだろうか。しかし雰囲気的に軍団のトップはこの偉そうなイケメンっぽいし、皆イケメンの後ろに控えてしまっていて一言も声を発しない。ハッキリ言って不気味だ。
「いや……ドーマとか知らないし、それに預言者だなんて私そんな大層な者じゃ……」
「下手な嘘をつくな。お前が預言者ではないというならば、この場に突如現れたこと、どう説明するつもりだ?」
頭ごなしに否定された。嘘だろ……このイケメン、偉そうな上に人の話も聞いてくれない。
さすがに「寝て起きたらここにいただけですけど何か?」と言うのは憚られる。言いたくても絶対言えない。ああもう逃げたい。夢なら早く覚めてくれ。
その時だった。シャラン、と首元から何かが落ちる音がした。はっとして反射的に思わずそれを拾い上げる。
父から貰った、不思議なからくり仕掛けのお守り。懐中時計のようだが、秒針はついていないし、数字ではなく異国の文字らしきものが刻まれている。これが何なのか全く分からないけれど、父はこれをお守りと呼び、肌身離さず持つように私に言った。
そんな大切なものが地面に落ちてしまったのは、どうやら首から提げていたチェーンが外れてしまったせいらしい。落とした衝撃でどこか壊れていないかとヒヤヒヤしたが、壊れるどころかキズ一つないようで安心した。このお守り、見た目は精密機械にしか見えないが、落としたくらいで壊れたりはしないし、現代のスマホよりも頑丈なのである。
お守りが無事であることに安堵すると、それを見た偉そうなイケメンは何かを確信したように目を細める。くっ、普通に格好良いじゃないか。イケメンは何をしても格好良く見えるの本当にずるい。
「ふん、なるほど……どうやら伯父上の言っていたことは本当らしい。お前が預言者だな」
「いや、ですから私は預言者なんてものではないって……」
「とぼけるな、そのドーマの歯車を持っているのが何よりの証拠だ」
人の話を遮らないで欲しい。
というか、ドーマの歯車って私の持ってるコレのことを言っているのだろうか。まぁ確かに言われてみれば歯車っぽい形状をしているけれど……。
「おい、さっさとこの預言者サマをお連れして城に戻るぞ」
城って言ったよこのイケメン。
いよいよ浮き世離れしてきたこの状況どうすれば良いんだろう。夢から覚める気配もなく、そのまま連行されていく私。
……というか、これって夢だよね?
夢ではないのなら、一体何だと言うのだろう。
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