‐prologue
黒の森に、足を踏み入れてはならない。
入ったが最後、その森から出ることはできない。
森には恐ろしい魔物が棲んでおり、住処に侵入した旅人は皆帰らぬ人となってしまうのだ。
「そんな噂があるのか」
――あの森に。
青年の視線の先には、緑生い茂る森がある。黒の森、と言われるだけあってか鬱蒼とした重苦しい雰囲気である。まさに黒い森だ。
「本当にそんな恐い魔物がいるもんかねー?」
呑気にも目の前で手を翳して森を見ているのは、踊り子姿の美女である。そして、その隣には瓜二つの顔をした占い師風の美女がいる。一見して双子と分かるこの姉妹と青年は、最近一緒に旅をすることになったばかりである。
「昨日も、旅人が犠牲になったと聞くわ」
「うっわー、じゃあ何。次の犠牲はあたし達ってこと?」
「縁起でもないこと言わないでよ姉さん」
占い師の方が踊り子の女性をたしなめた。どうやら妹の方がしっかりしている姉妹らしい。
「どうする、ソロ? 他の道にしておいた方がいいかしら……」
すると、ソロと呼ばれた青年はしばらく考える素振りをみせたが、やがてかぶりを振った。この森を抜けるのが目的地への最短ルートなのだ。それに。
「本当に魔物の仕業なら……放っておくことは出来ない」
そう遠くない過去。変わり果てた故郷を思い出す。あの光景を目の当たりにした時の絶望は計り知れない。
「ソロ……」
姉妹は顔を見合わせた。青年から事情はすでに聞いている。魔物達に故郷を襲われ、たった一人生き残った勇者の青年。いきなり壊された平穏は二度と取り戻すことが出来ず、そして青年に託された使命は、過酷なものになるだろう。
「罪のない人達が魔物に殺されてしまうのは、もう御免だ。……これ以上、魔物の犠牲は増やしたくないんだ」
ソロは誓った――強くなる。そして、村の人達の仇を取るのだ。
それだけが、今のソロの生き甲斐だった。