chapter1‐01

「……オリヴィオ?」


黒の森に、鈴を転がすような声が響く。少女のものと思われるその声は、誰かの名前を呼んでいた。
しかし、そこに人影は皆無。人気のない古びているが立派な屋敷の中、少女は窓の外を眺めた。


「……気のせい?」


誰かがこちらを見ていたような気がしたのだけれど。
しばらく外をじっと見ていた少女であったが、やがて振り返り、机の上に目をやった。肩の辺りで切り揃えた銀色の髪がふわりと広がる。
身に纏うドレスは真っ黒で、全身を黒で覆った少女は、あたかも黒い森の主のようだ。
そして、それはあながち間違ってもいない。


「どこに行ったのかしら。昨日出掛けてたから、今日はここにいると思ってたのに……」


と、拗ねたような声音で呟く。少女の顔は不満を露にしていた。
そして、気を紛らわせるように机の上から適当な本を手に取り、椅子に座るとその背もたれに寄りかかる。少々だらしない格好ではあるが今、この部屋――というか、屋敷には誰もいない。気を遣う必要はないだろう。
少女の身なりや言動にうるさく言う者もいたけれど、少し前に旅立ってしまった。面倒が一つ減ったと思っていたのに。いざいなくなってみると、それはそれで寂しいものなのだと思い知らされた。――今も、元気にやっているだろうか。


「…………はぁ、」


思わず溜め息が漏れた。一人はつまらない。けれど、寂しさは感じない。それはきっと、自分の元に帰ってきてくれる者がいるからだ。

文字の羅列をうつらうつらと舟を漕ぎながら読んでいた時だった。玄関でギィ、と音がしたのが聴こえた。ドアの開く音だ。
――もしかして、帰ってきたのだろうか?
眠気は音が聴こえると共にどこかへ行ってしまった。おかえりなさい、と迎えるために部屋を飛び出す。
あの人が帰ってきたのだと、疑っていなかった。









(予期せぬ出会いが待っていることも知らず)
01(終)
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