012

(守りたいもの、か)


魔導書を開き、ページに記された文字を指でなぞる。
フィオルの守りたいものは、とっくに失われてしまった。あるのは、この身一つだけ。それでも、復讐するには事足りるから、そのためだけに生きている。
聖王である姉の支えになりたいと、そのために自分にできることをしたいと言う、クロムとはなんて正反対な生き様だろう。
クロムは、この国の未来のために、前を向いて生きている。
フィオルは、過去に囚われ、全てを終わらせるために生きている。
ため息をつき本を閉じる。考え事ばかりで、全く集中することが出来ない。


(この国は、私には眩しすぎる)


クロムを筆頭に、自警団には良い人達ばかりで、しかも気後れしてしまいそうなくらい皆が優しい。
返す返す、騙していることが申し訳なくなる。


(こんな気持ちで、あの男を倒すことなんて出来るのかしら)


復讐のためなら何でも利用すると誓ったのに、人を騙していることへの罪悪感を同時に抱えて込んでしまっている。
善人にはなれない、悪人にもなりきれない、どっちつかずの心。殺す覚悟も死ぬ覚悟もある――つもりだった。イーリスで、この自警団で過ごしているうちに、だんだんと不安になってきてしまった。
少しでも復讐を躊躇えば、死は容赦なくこちらへ牙を剥くというのに。しかし、中途半端な自分には、そんな無様な最期がお似合いなのかもしれない。


(きっと、ろくな死に方しないわね)


それでも構わない。死の向こうにはきっと、大切な人が待っているから。
懐から小さな包みを取り出す。肌身離さず持っていたそれには、指輪が入っている。中身を確かめるようにぎゅっと握りしめると、布越しに硬い金属の感触がした。
フィオルの身分を証明する、この世にたった一つの指輪。かつては、弟の手にあったもの。
これだけは絶対に、誰にも渡してはならない。
窓辺に立ち、城の外を眺める。いつ見てもきれいな城下だと思う。見慣れたペレジアの街並みとは雰囲気が全く違う。けれど、フィオルはペレジアの風景も嫌いというわけではなかった。
フィオルがイーリスにいると知れば、弟は何と言っただろうか。


「……大丈夫、あの男を殺すまでは死なないわ。だから、きっと待っていてね」


――トオン。私のたった一人の弟。
イーリスの王都の更に遠く、その先にあるはずのペレジアを真っ直ぐと見据える。
復讐への迷いを振り切るように。
ALICE+