01

古より存在する封印の神殿。随分と古びた石造りの建物は長い年月を思わせるが、同時に重厚な神聖さも感じられる。
神殿には、今は少女の詩を口ずさむ声が響いていた。


「……女神の使命を持つ者よ、封印を解け。さもなくば、戒めよ。運命の定めし時、大いなる力が鍵となろう」


どういう意味を持つかは分からない。それでも、勝手に口から言葉が溢れるかのごとくスラスラと詠むことが出来る。詩が、体の奥底にまで染みついているようだった。


「分からないわ……」


ふぅ、と少女の口から憂いを帯びたため息が漏れた。
考え事をしながらでも編みかけの籠は着々と完成に近付いている。石の段差にちょこんと腰掛け、傍らには老婆がどっしりと腰を構えている。老婆は、見る限りかなりの高齢であることは分かるが、何歳かは分からない。本人ももう忘れただとかで数えていないらしい。少なくとも百年は生きているようだが、人間の寿命が長くても百歳くらいであることを考えると、この老婆は一体何者なのだろうか。


「結局、封印は解くべきなのか……それとも解かない方が良いの? この詩、言っていることが正反対なんだけど……」


「時が来れば、嫌でも分かるだろうて」


「おばあさんってば、そればっかり」


豊かな長い茶髪をみつ編みにして背中へと流し、大きくつぶらな瞳は若葉色。体つきは年頃らしい線の細さがある。とはいえ、少し拗ねた顔にはまだあどけなさが残っていた。
ここ数年でより女性らしく成長した少女――フェンは虚空から老婆へと視線を移した。
老婆は相変わらず何かを待つように神殿で泰然と座っている。その場から動くことはほとんどない。


「ちょっと出掛けてくるね。今日はすぐ戻ってくるけど……おばあさんも、たまには日に当たらないと体に良くないと思うの」


「分かっとるよ。気を付けて行って来るんじゃぞ」


老婆は、フェンの忠告を軽く流してしまう。何回言ってもその繰り返しなので、最近はすっかり諦めて溜め息をつくに止まっている。それに、足腰の悪い相手を無理矢理外へ連れて行こうとするほど無神経でもない。


「今日は遠出しないで早めに戻ってこようかな。森に行って……あ、ついでにご飯の材料も採ってこよう」


鼻歌交じりに献立を考えるフェンを見て、老婆はかすかに笑いながら呟く。


「良いねぇ、こうしていると平和だと思えて……」


バタバタと慌ただしく外へ出て行くフェンを見送り、老婆は心配そうに呟く。


「ずっと、この穏やかな日々が続けば良いんだがねぇ……」


この平穏が脅かされる日は、いつか必ず訪れる。それを知っていた老婆は、物憂げにフェンの後ろ姿を眺めた。自分に今出来ることといえば、ひたすら天に向かって祈ることくらいだ。


(せめて運命があの子達を切り裂かないことを……)


これから、過酷な未来が待っている。それを乗り越えなくてはならない者達を老婆は見守っていくつもりだった。
自分の役目が終わる時は、全てが終わる時。それを見届けることが自分の使命なのだから。
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