03
「じゃあ、後はよろしく頼んだよ。会議室にいるからね、何かあったらいつも通り呼んでおくれ。」
「は〜い、いってらっしゃい!」
そう言ってリカバリーガールは保健係の私にここを任せ、職員会議に向かった。
毎週月曜日の放課後はリカバリーガールが職員会議に行ってしまうので、月曜担当の私はお留守番。放課後ということもあり生徒はほとんど来なくて、保健室の清掃や、薬品の在庫確認等の事務仕事をして過ごしている。
「(よし、掃除は終わり。薬品の在庫は金曜にあみなちゃんが確認したって言ってたしなあ…)」
リカバリーガールが職員会議に行ってからしばらく経った頃、保健室の清掃が終わり次に何をするか考える。ふと健康チェック表を整理しようと思い立ち、ファイルが入っている棚を開けたその時、ガラガラと勢いよく扉が開く音がした。私は棚を閉じて扉の方を向き、目に飛び込んできた人物に驚く。
そこにいたのは――――左右で髪と瞳の色が違う彼だった。
「「あ………」」
お互いの声が重なる。
それはそうだ、今朝お互いに出久くんを通してだけど、顔を合わせたばかりなのだから。クラスも違うきちんと話したことの無い相手に、一日に二度も遭遇してしまって轟くんもきっと驚いているだろう。
「轟くんだよね……?今朝はいきなりA組に押しかけてごめんね。」
「ああ。そういや朝、緑谷が前田は保健係だって言ってた。」
「(あ………名前。)そうなの。わたし保健係で、月曜日と水曜日は保健室にいるよ。」
初めて話した時は目も合わずに去ってしまった彼が、私の名前を知っていたことに驚く。今目の前で、こちらをきちんと見ながら話してくれる轟くんは、以前のように近寄りがたく氷のように冷たい雰囲気は纏っていなかった。
「轟くん保健室来るの珍しいよね、何かあった…?」
「自主練してたら途中で怪我しちまって、一応自分で手当てはしたんだが、血が滲んできてよく分かんねえから保健室に来た。」
血が滲むほどの怪我って大丈夫…?と心配すると、彼が左腕の体操服を捲り上げて手当て部分を見せてくれた。すると確かに、左腕の手当てされた箇所から血が滲んでしまっている。恐らく止血が足りていないのか、怪我が酷いのか。重傷だったらリカバリーガールにみてもらわないといけない為、取り敢えず傷口を見せてもらわないといけない。
「ちょっと傷口を確認したいからこれ取っちゃうね…。」
轟くんを椅子に座るよう促し、痛くないようにそっと手当部分を取り、傷口を確認する。血は滲んでいるが、恐らく範囲が広いせいであって怪我自体は擦り傷のようだ。
これくらいなら私にも治せるかもしれない。
「ちょっとだけ待っててね…。」
そう言って私は轟くんの腕に右手をかざし個性を使った。すると傷口が柔らかい光に包まれる。数秒後、次第に光は弱まっていき、腕にかざしていた手を離した。そして傷口部分を確認すると、そこは怪我がどこなのかもすっかり分からなくなっていた。
「……………すげえな。リカバーガールみたいに、怪我治せんのか。」
「いや〜………リカバリーガールみたいに立派な個性だったら良かったんだけどね。私は自分の活力を使って治してるから、あくまでも等価交換が前提なんだ。ほんとに今の轟くんみたいな擦り傷とか、小さい切り傷とか、そういう軽傷の怪我しか治せなくて……全然ダメダメ個性だよ……。」
わたしの個性は『修復』である。
それだけ聞くと治癒系の珍しい個性のようだが、あくまでも自分の活力と引き換えというおまけ付きなので、出来ることがあまりにも限られている。特に人体の回復は活力を大量に消費してしまうので、軽傷の擦り傷や切り傷程度しか治すことが出来ない。キャパシティを超えてしまうと立っていることはおろか自分の命にも関わるので、みんなが期待するような『修復』は出来ないのだ。
だから私は、肝心な時に役立たずの自分の個性があまり好きではなかった。
「…………ってごめんね!いきなりこんな話されても反応に困るよね…。怪我大丈夫?もう痛くない…?」
彼ときちんと話すのは初めてなのに、いきなり自分語りを初めて、卑屈なことを言ってしまった。気分を悪くしただろうか。引かれてしまっただろうか。そう不安に思っていた時、轟くんが口を開いた。
「上手く言えねえけど……」
「……?」
「俺は今、前田に怪我を治してもらえて安心したし、純粋にすげえ個性だと思った。限度があるつっても、そうやって人を安心させられるのはすげえことだろ。」
正直に言って意外だった、そんな風に肯定してくれるなんて。
その真っ直ぐな瞳から良い意味で気を使って言ったのではないことが伝わる、彼の人間性だろうか。自分にとって誇れるような個性ではないと思っていたけれど、面と向かってそんな風に言ってくれたのは轟くんが初めてで、すごく嬉しかった。
そしてふと思い出す、体育祭での彼の姿を。大胆かつ繊細に自らの個性を使いこなす姿は、さながらプローヒーローのようで、私にとってはあまりにも眩しかった。その凄さを彼自身に伝えたくて、気付いた時には口から溢れて言葉にしてしまう。
「そんな風に言ってくれたの、轟くんが初めてだから、すごく嬉しい。ありがとう。……でも轟くんの事も出久くんから聞いてるよ!半冷半燃の二つの個性を持ってる子がいてすごいって。それで、体育祭でわたしも轟くんの活躍を見させてもらって、心が震えたっていうか……出久くんとの試合も見させてもらったんだけど、氷結の出し方とか熱い炎も観客席側に伝わってくるくらいすごいパワーで…」
「………ふっ」
今、笑った…?
ちょっと喋りすぎてしまった自覚はあるが、特に面白いことを言ったつもりは無い。いつもあまり表情の変わらないクールな人だと思っていたからこそ、彼の笑った姿に驚いて思わず固まってしまう。
「なんかおまえ、緑谷に似てるな。スイッチ入るとすげえ喋る感じが。」
「(あ……笑ってたのはそういうことか)う〜〜〜………ちょっと否定できない自分がいる……。出久くんと私、結構似たもの同士なんだよね。ヒーロー大好きだったり、好きなことになるとお喋り止らなくなるところとか…。あ、ってもうまたお喋りしちゃった…もう治療も済んでるし、轟くん自主練中なのに長々と話しちゃってごめんね……」
自分の話で轟くんを引き留めてしまっていた事に気付く。ついつい自分のペースでおしゃべりしてしまうのは私の悪い癖だ。彼は自主練中と言っていたのに、その貴重な時間を邪魔してしまった。
「いや別に気にしてねえ。怪我治してくれてありがとな、また怪我したら頼む。」
轟くんはそうお礼を言い立ち上がると、来た時のようにガラガラと勢いよくドアを開けあっという間に去っていった。風のような人だなあ、と思いつつ、“また”と言ってくれたことが初めてここで話した時とは違って嬉しい。そしてドアの方を見つめ、彼の言葉を思い出した。
「(人を安心させられる…かあ。)」
初めてかけてもらえた言葉だった。
小学生の頃からヒーローが大好きな友人がいたおかげか、私もヒーローが大好きで。
でもヒーローになれるような個性ではなかったのでその夢は早々に諦めたが、どうしても雄英高校に通いたくて普通科を受験した。そんなこともあって、自分の個性が本当に好きになれなくて。
でも今日、轟くんがくれた『人を安心させられる』って言葉は、まるでヒーローが言われるような褒め言葉で、心の中で何度も何度も噛み締めてしまう。きちんと話すのは初めてで、彼がここにいたのはほんの数十分だけなのに、その中で交わした言葉や彼の人間性が心地よくて、私の中ではなんだかぐっと轟くんのことを知れた気がした。
2021/03