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 怪盗キッドとやらが予告した時間になった瞬間、美術館全体が一斉に停電した。次いでガラスの割れる音。宝物を収納していたガラスケースが破られたのは明白だった。こんなにもあっさり盗まれるなんて、他の警察官は何をしているんだと舌を打ち、松田はペンライトを持ってガラスケースの傍まで行った。
 やはり、ない。
「ちっ、おい!なくなってんぞ!」
 松田の声と共に明るくなる会場。すると驚いたことに髭を生やした男の警察官の顔が、増殖していた。
「!!?」
「お、俺の顔が…!?」
「何だこりゃ???!」
 全員同じ顔になっている。会場内が混乱する中、松田は気づいた。
 片桐がいない。あの眼鏡の少年も。
「あいつっ………どこ行きやがった!」
「――――松田」
 潜めた声に松田はどきりとする。安室が普段とは違う顔色でこちらを窺っている。多分今の彼は――。
「おそらく彼らが向かった先は屋上だ」
「なに…?」
「とにかく急ぐぞ」
 安室に促されるまま松田は駆け出した。



 松田と安室がエレベーターを使って登ってきているなど露知らず、江戸川コナンは屋上にて怪盗キッドと対面していた。月を背に掲げる怪盗キッドは成程世の女性から騒がれるわけである。
「流石だな名探偵。迷わずここに来るなんて」
「まあな。オメーの考えることなんて、」
「怪盗の考えることなどすぐに検討がつくよ」
 唐突な第三者の声に両者共に息を呑む。
「夕さん!?」
「抜け駆けなんてずるいじゃないか江戸川クン」
 いつからそこにいたのか、片桐が壁に背を預けて変わらない笑顔をこちらに向けていた。
「どうしてここに?」
「簡単なことさ。マスコミにも流す予告状、多数の女性ファン、派手な服装……怪盗キッドが目立ちたがり屋なのは周知の事実さ。飛行技術も有しているとなると屋上から優雅に飛び立とうとしているなど容易に推測できる」
「……これはこれは。名探偵のお仲間ですか?」
 帽子を目深にかぶり直すキッドに、片桐の笑みは更に深くなる。
「さて怪盗キッド、盗んだ宝石を返してもらおうか」
「そうですね…残念ながらこれは私の求めるものではなかったので、お返ししますよ」
「おや、随分素直なんだね」
「不要なものは奪わない主義なんですよ」
 キッドの言葉と同時に片桐が一歩を踏み出した。「片桐!」瞬間、ドアが乱暴に開けられた音と松田の声。
 その時片桐の注意が一瞬背後に逸れた。キッドはその隙を逃さず滑らかな動きで銃を取り出した。銃口は、片桐を狙っている。
「夕さん!!!」
 コナンがボールを蹴ったのと松田が片桐の腕を引いたのは同時だった。
 銃口から放たれたトランプは松田の頬を掠めて壁に突き刺さった。ボールは生憎キッドに当たることなく、避けた反動を利用してキッドは屋上から飛び降りた。そのまま落ちるかと思われたが、相変わらずの飛行技術を用いりキッドは夜の闇へと消えていった。