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 沖矢昴は工藤邸のリビングにて優雅にコーヒーを嗜んでいた。向かいには小学一年生にしては察しが良すぎる子供・江戸川コナンが本を読んでいた。目は文章を追ったまま、小さな手がカップに伸びる。中身はブラックコーヒーだ。彼が甘いそれを好まないことは知っていたから、二人の間にあるテーブルにシュガーポットは置いていない。
「それで?」
 この空間には沖矢とコナンしかいないが、優しい声音を変えるつもりはなかった。
「どうしたんです?今日は」
「え?」
 コナンが今手に取っている本は読了済みだと本人が言っていた記憶がある。もう一度読み直す楽しさを沖矢は知っていたが、コナンがここへ来て、わざわざ工藤邸のリビングでそれを読むという行為は些か含みがあるように感じた。
 読書以外の目的がある。そう思い至るのに時間はかからなかった。
 「あー…」と少し気まずそうな声を出して、コナンは本を閉じた。
「あのね昴さん」
「はい」
「実は…会わせたい人がいてさ」
「…はい?」
 唐突だな、と沖矢は少し面食らう。「あっちょっと変わってるけど良い人だから!変な人だけど!!」フォローになっていないフォローをするコナンに、名も顔も知らないその“会わせたい人”を想像する。
「本当は赤井さんに会わせたいんだけど…ただの刑事課の人だから」
「成程。“ただの刑事課の人”とはいえ君が“変な人”と連呼する程の方なんですね」
「ま、まあね……」
 流石に言い過ぎたかだなんてちょっぴり後悔している彼の顔を見ながら、沖矢はさてどうしようかと悩む。いや、会うことに問題はない。ただ彼が本当は赤井として会ってほしいと、何だかんだ直球で言ってきたのだ。その“変わった人”は彼の相当のお気に入りらしい。
「どんな方なんですか?」
 その質問に待ってましたとばかりに笑顔になるコナン。こうして見ると年相応な笑顔なのだが、これとは裏腹に大人顔負けの推理力を携えているのだから末恐ろしいものである。

 一通り話は聞いた。どうやらその人物は警察庁に務めており、階級は警部。童顔だが書類には三十歳と記載されていて、同僚の間では年齢詐欺だと囁かれているらしい。そして何といっても推理力がずば抜けているのがコナンにとって一番の魅力だそうだ。また、自由奔放すぎる性格が周囲との軋轢と時折生むことがあるらしいが、そんなところも面白くて好きとのこと。業務をサボって怒られるところをよく目にするそうだ。日本人なのに仕事を疎かにするとは珍しい。
「よく降格されませんね」
「まあサボってるのと同じくらい事件を解決してるからね。大目に見てもらってるんじゃない?」
 それに何だかんだで憎めない性格だし、と続けるコナンに沖矢は少し思うところがあったが、まあそれを口にするのは可哀想だろうと考え沖矢は黙って耳を傾けた。
「でね、その人、片桐夕さんっていうんだ」
 片桐夕――記憶を辿るが思い当たる節はない。本当に自分の知らない人物のようだ。
「面白そうだな。少しばかり調べてみようか」
「え!?」
 変声機を切り、赤井秀一として述べればコナンは目を丸くした。
「調べるって…え!?夕さんを?」
「ああ。そんな面白そうな奴がどんな遍歴を辿って来たか…気にならないか?ボウヤ」
「ま、まあ……気になるけど…」
 気を許している相手だからこそ、相手の許可なしにそういうことをするのが憚られるのだろう。コナンの声音はちょっとばかり後ろめたさがあった。
 とはいえ彼が拒否の意を挙げることはなかった。