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 片桐夕の件から数日経ったある日のこと、赤井は己のボスからある書類が送られてきた。それはアメリカにある孤児院の件だった。ここは身寄りのない子供たちを集めて虐待を繰り返していたとされるところで、非合法組織相手に人身売買をしていた可能性があるとしてFBIが調査していたのだ。調査の結果、見事に当たりで数日後にガサ入れが行われるらしい。現在赤井はこの件に関わっていないが、まだ“赤井秀一”が世間的に死んでいない時に少々この案件に手を入れていたので、それを気遣ったボスが事の顛末を知らせてくれたのだろう。相変わらず優しいボスだ。
「……ん?」
 報告書だけでなく周辺の監視カメラを現像した写真までもが保存されている。データを全て送信してきたらしい。
 その中で、気になるものを見つけた。
 黒のコートに帽子をかぶった女――赤井は最近見た顔写真を思い浮かべる。
「…これは……」
 片桐夕に似た女が、孤児院の近くをうろついていたのだ。
 どういうことだこれは。ただの偶然か?赤井は困惑した。(無駄足かもしれないが…)すぐさまメールを作成した。宛先は、ボスだ。

 返信は二日後に来た。わざわざ現地に足を運んでくれたらしい。画像が荒い所為で苦労したが、どうやら片桐は孤児院について近くの店で訊いていたそうだ。店主が証言していたらしい。そして彼女は一人ではなく、男を一人連れていたようだ。
 男は彼女をこう呼んだ。

『Hey sis!』

 普通、呼びかけのsisはお嬢さん、あなたや君、といった名詞になる。身内に対してはあんた、姉貴等になるが経歴が正しければ彼女は天涯孤独の身だ。調べた限り、片桐は特別親しい友人などいないようだし、血は繋がらずとも家族と呼べるような存在はいない。
 ならば、考えられる可能性はただ一つ。
「Secret Intelligence Service……」
 SIS――イギリス秘密情報部・MI6だ。外務省に属する諜報機関で、国外での情報活動を主な任務としている。アメリカのCIAと同じような機関だ。
 片桐の出身はイギリスのようだし、sisがMI6と繋がらないわけではない。MI6は国外での仕事が常なので彼女の渡航歴の多さも納得できる。
 まさか潜入しているのか?日本に。理由は一体――。
「面白い展開になってきたな」
 赤井は口の端を釣り上げた。