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「あいつ大丈夫かよ」
 ぽつりと漏らした言葉は思いの外大きなもので、傍で嫌々書類整理に勤しんでいた片桐に拾われた。
「あいつって?」
「………知り合いだ」
 同じ警察官同士でも、流石に公安のことを容易く口にするのは駄目だろう。松田は非常に察しが良かった。
「友達みたいなものかい」
「は?」
「いやね、知り合いと呼ぶにはキミの表情が和らげだったから…苦楽を共にした仲間なのかと思ってね」
 (何でこいつはこう……)否定するのもおかしいので、まあなと曖昧に呟く。苦楽を共にしたのは確かだ。
「危険なことをする友人なのかい」
「そうだな……あいつは弱音を吐かない奴だからな」
 警察学校時代、常に主席だった彼はいつだって余裕ぶって仲間に努力している姿を見せなかった。それがあいつらしいと言ってしまえばそれまでだが、何だかんだこっちだって心配しているのだ。無理だけはしないでほしいといつも肝を冷やしているこっちの身にもなってほしい。
「てかお前、書類はできたのかよ」
「えー?」
「………できてねーんだな?」
 片桐のパソコンを覗いてみれば作成部分は殆ど白紙状態だった。もう零時を過ぎているというのに呑気なものである。「私はこういうのが苦手なんだよ」胸を張って述べる片桐の頬を抓む。「ひひゃいお(痛いよ)」「さっさとやれ!」付き合わされるこちらの気持ちを考えてほしいものだ。
「ったく、どいつもこいつも…」
 まあ結局片桐に甘い自分も悪いか、と自嘲し、松田は新しい煙草に火を点ける。
「ほら、ネットサーフィンなんかしてねーでさっさとやれ」
「失礼だねえ。私はネットサーフィンなんてしていないさ」
「へーへー」
 分かったからさっさとしろと促し、松田は再び自席に戻った。
 その数十分後、片桐は案外早く書類を完成させた。普段からこのくらいの調子なら問題ないんだがなと思い、松田は車のキーを出す。
「送ってく」
「え、あ、いや、悪いよ」
「なに遠慮してんだよ気持ちワリーな」
 部屋の電気を消せば、片桐は急ぎ足で出てきた。駐車場まで素直について来るあたり送ってもらうことに関しては遠慮を諦めたらしい。
「片桐、お前、明日非番だったか」
「そうだねえ。…何でだい?」
「……いや、こんな遅くまで引き留めてたのは、流石にアレだろ…悪かったな」
 日付が変わるまで女性を仕事場にいさせるのは申し訳ないと、ガサツな松田でも感じるわけである。
「キミでもそんなこと思うんだね」
「好き勝手言いやがって……」
 謝るんじゃなかったと松田は若干拗ね、車を発進させた。片桐は、始終笑っていた。それがちょっと嬉しそうに見えたのはきっと錯覚だろう。