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 松田は資料室の前で憤慨していた。「片桐!」理由はそう、彼女である。
 壊す勢いでドアを開ける。物置と化しているこの部屋の存在は、警視庁の中でもごく僅かしか知らない空間だ(警察学校時代、警視庁見学の為に訪れた時に、悪友たちとこっそり入ったことがあったから松田は知っている)。そんな認知になってしまうほど、この部屋は暫く使われていない。そんなところに片桐は一体何の用なのか。「どうせ隠れんぼだろうがよ…」実年齢に伴わない彼女の精神に、松田は大きな溜息をついた。
 使用率が極めて低いということもあって資料室は埃っぽかった。窓から差し込む光は欝々とした室内と対照的だ。電気を点ければそのコントラストは消え、どこかほっとした。
「片桐」
「ん?やあやあ松田クン、どうしたんだいこんなところで」
「そりゃこっちのセリフだボケ」
 そこにいた片桐はいくつかのファイルをパラパラとめくっては棚にしまい、また新たなファイルをめくっては…を繰り返していた。
「結構面白いよ、ここにある資料」
「お前そういうの読むほうなのか」
「まあね。ここのことは前から気になっていたし、君が以前入ったことがあると言っていたから来てみたのだよ」
 そういえばいつかの休憩時間の折、資料室のことを喋ったような気がする。
 ここから動く気配のない彼女に呆れつつ、松田も何気なく資料に目を落とす。誰かの履歴書から昔の事件簿まで様々な資料があった。全然片付けられていない。
「ここ取り潰したほうが良いんじゃねえの」
「そうだよねえ、散らかりすぎだよねえ。これじゃ何が置いてあるかみんな知らないんじゃないかな」
「そもそもここの存在自体、知らない奴が殆どだろ」
 だよねえ、と同意して笑う片桐は、帰る気になってくれたのか手にしているファイルをえいっと少々乱暴気味に棚に戻した。途端――「片桐っ!!」松田は棚の上に乱雑に置かれていた段ボール箱やファイル諸々が、片桐の頭目掛けて落ちてくるのを目撃した。
 体は勝手に動いた。
「うわぁっ!?」
「っ!!」
 彼女の慌てた声を間近で聞きながら、松田は背中に襲いかかる鋭い痛みに耐えた。落下物の音が収まり、顔を上げる。どうやら背中に感じた痛みはファイルの角だったようだ。刃物ではなくて安心した。
「ちょっ松田クン、大丈夫!?」
 片桐のそういう声は珍しい。「ああ、だいじょう……」彼女に怪我がないか確認しようと視線をずらし、言葉を失う。
 どこか鈍い片桐は気づいていないのだろうが、現在松田は不本意とはいえ片桐を押し倒しているような状態にあった。ディアストーカーが脱げ、前髪がばらついて白い額が顕わになっている今の彼女は、なんというか……己ととてもいけないことをしているように見えた。
 松田は光の速さで起き上がる。