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安室透、バーボン、降谷零―――三つの名前を駆使する彼は、今は降谷零として登庁していた。
「お疲れ様です、降谷さん」
部下の風見からコーヒーを貰い、状況を確認する。
今回降谷が定期報告を前倒しして登庁したのは、言わずもがな前回の不正アクセス件が関係している。公安のサーバーが外部から攻撃さえ、あまつさえ犯人を特定できないなんてあってはならないことだ。難航する捜査に降谷は憤りを感じていた。
「? おい、これ…」
風見からメールでパソコンに転送されていた現状報告書に気になる点を見つけた。
「…データは何も盗まれていなかったのか」
「ええ。どうやら犯人はシステムにトラップを仕掛けるだけで退散したようです。逃げ足が速いですね」
「そうだったのか…」
何のデータも盗られなかったのは僥倖だが、降谷は些かの違和感を覚えた。公安の捜査の手から逃れられることができる犯人なのに、肝心のデータを置きっぱなしにするのはおかしい。余程急いでいたということだろうか。
「報告書、一応持って帰ることにする」
「そうですか。奴らに見つからないよう、お気をつけて」
「ああ」
それから降谷は定期報告を済ませ、USBを鞄に入れて退庁した。
(明日は朝からポアロで…二十時から…)ベルモットと会う予定がある。組織が公安のサーバーを攻撃する計画など聞いていないし、明日彼女にそれとなく訊いてみよう。