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「な、何だテメェ…」
「落ち着けと、言っているだろう?」
 片桐は何の恐れも抱くこともなくこちらに歩み寄ってくる。その異様さに男は顔を引き攣らせた。
「て、テメェ、このガキが見えねえのか?それ以上近づくとこいつを殺すぞ!?」
「ほう、殺すか」
「ハッタリだと思ってんだろ!?本当だぞ、俺は殺せるぞ!」
 腕の締め付けがきつくなり、息が詰まる。コナンは思わず男を睨みつけたが、男は片桐に意識が行っていてこちらを見向きもしなかった。顔色は、悪い。
「子供を殺すのって、どんな気分だと思う?」
 不意に片桐が問う。
「自分より弱い奴を殺すのだから、気分が良いかな?それとも罪悪感でいっぱいになるのかな?」
「は、」
「ねえ、キミはどっちだと思う?」
 彼女の歩調は変わらない。あまりにも単調に問うてくるのだから、男だけでなくコナンでさえも薄ら寒さを覚える。刹那、片桐の歩幅が一気に大きくなり、コナンたちと距離を縮めた。男が慌てて後退しようとしたが片桐のほうが速かった。
「夕さん!!」
 彼女の手から滴り落ちる血液に、コナンは半ば叫びに近い声を上げた。男は片桐の手を振り解こうと必死でナイフの柄を持つ手に力を入れているが、それよりも恐怖が上回って上手くいかなかった。
「子供の首を刺そうとしていたんだ、出血量はこんなのの比じゃない」
「ッ…!!」
「首から噴き出した血はたちまちキミを真っ赤に染め上げるだろう。いや、キミだけじゃない、壁も床も天井も全て赤くなり、噎せ返るような鉄の匂いが辺りに充満するだろうね」
「う、」
 薄氷の瞳が男を射抜くと、男は口元を痙攣させて脱力した。突然の浮遊感にコナンは慌てて着地の体勢を取る。その瞬間、片桐が膝を男の鳩尾に押し込んだ。不意の攻撃に耐え切れず、男が成す術もなく崩れ落ちて気絶した。
「まったく…嫌になるね」
 コナンにしか聞こえない声量でそんなことを呟き、片桐は親子を一瞥した。