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 残り三十秒。もうすぐだ。上のコナンから緊迫した空気が伝わる。やはり、普通の子供ではない。
 (もう少し、訊きたかったんだがな)
 仕方のない状況だとはいえ、ここから脱出したあとだと片桐がはぐらかすかもしれない。彼女の弁舌に松田は勝てない。全て話してくれるという言質だけでも取っておきたかったのだが。「……、」それだけでも、いま約束させようか。片桐は約束を破るような人間ではない。それさえ結べば必ず教えてくれる筈だ。
 何故だか、この機を逃せば彼女の謎は永遠に解けない気がしてならなかった。
「片桐――、!」
「…」
 しかし次の言葉は紡げなかった。彼女の細い人差し指が、松田の唇にぴたりと触れたからだ。思わず、息を呑む。すると片桐はその指を今度は自分の薄桃色のそれに当て“しーっ”とジェスチャーした。
 “あとでね”もう、何も言えなかった。
 「そろそろ出るよ!」二人の無言の会話を引き裂く合図。松田は気を引き締めた。
「最初の文字は……アルファベットのE!V!I!T!」

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 最後の爆弾は帝丹高校に仕掛けられていたが、無事解除された。
「いや〜良かったですね〜」
 安堵の息を吐く高木を横目に、松田は片桐を探す。ふらふらした華奢な背中はすぐに見つかった。彼女はコナンと話していた。
「片桐」
「おや松田クン、お疲れ様」
「ああ…いや、お前もだろ」
「ははは。…江戸川クン、キミもよくやったね。偉いよ」
「夕さんに褒められるなんてボク嬉しいなー!」
 相変わらずな彼のわざとらしい態度に怪訝しながらも、松田は詮索しなかった。それよりも気になることがあったからだ。
 程なくしてコナンは保護者と一緒に帰っていった。「彼、すごいよねえ。正直さー、小学一年生とは思えないよ」「そうだな」「…本当に小学一年生じゃなかったりして」「お前ついに頭でもイカれたか」「失礼だなあ」そんな軽口を叩き合いながら残務処理に励む。流石にこの場で問い詰めようとは思わなかった。
「いやあでもさ、事実は小説より奇なりという言葉があるじゃないか。案外見えているものだけが全てなわけではないかもしれないよ?」
「……、お前それ皮肉か?」
「どうだろうねえ」
 おかしそうに笑う片桐。どうしてか、松田はその笑みが気に食わなかった。

「明日、仕事が片付いたらちょっと付き合ってよ」

 何の前触れもなく一方的に結ばれた約束。随分唐突だと思ったが、拒否はしなかった。「ああ、良いぜ」ただ一言、そう述べた。