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 安室が本気を出してくれたお陰でものの数分で自宅に到着した。慌てて玄関を開けて彼女を名を呼ぶが、返答はない。
「夕さん!」
「夕!!」
 コナンが足元をすり抜けて先に部屋に入る。相変わらずすばしっこい。
 彼女はリビングにいなかったので寝室を確認してみれば、目に飛び込んできたのはベッドに横になっている片桐と彼女に触れている怪盗キッドだった。
「キッド!!」
 コナンが捕まえようとしたがキッドはベランダから飛び降りると、いつもの飛行技術で去っていった。彼はすぐさまその後を追う。
「夕!しっかりしろ!」
 キッドの追跡は彼に任せ、松田は一番に片桐の安否を確認した。外傷はなく、呼吸の乱れもない。ただ気を失っているだけのようだ。いつもの寝顔にほっと安堵する。
「片桐は?」
「無事だ」
 その言葉に萩原も肩の力を抜く。ばしんと背中を叩かれたので叩き返しておいた。
「労ってやったのにー」
「どういう労い方だ。…おい安室、悪いが」
「ええ、警察への連絡は僕から。念のため救急車も」
「……悪い」



 片桐が目を覚ましたのは翌日のことであった。その時彼女の傍にいたのは大人たちではなくコナンだった。すぐに来て!という彼の動揺した声に、松田は胸騒ぎを抑えきれなかった。

「だれ?」

 そしてその予感は的中した。
 医者の話によると、外的要因は認められず、記憶喪失は内的要因が考えられるらしい。
「…夕さんを戴くってそういう意味だったんだね」
「ああ……」
 だがあんな短時間で記憶障害になってしまうほどの衝撃を、片桐に与えられるものなのだろうか?何かもっと別の理由はないのか?そもそも怪盗キッドがこれをする意図は一体?考えれば考えるほど疑問が渦巻く。
「ねえちょっと!聞いてる?」
 片桐の声にハッと顔を上げる。
「もー!なにぼうっとしてんの?」
「あ、ああ。悪い…」
「で、きみとわたしの関係って何なの?」
 記憶のない片桐は随分遠慮がない。いや元々遠慮などない性格であったが、今の彼女は子供のような我儘っぽさが滲み出ているのだ。
「か、関係?」
「ああ。あの子供が一番に連絡を入れたのはきみで、医者の説明を受けたのもきみ。通常それは個人情報に値するから説明を受けるのは身内に限られるが、わたしときみに血縁関係なんかない。にも関わらずそれができるということは、わたしたちの関係は表面的な親交の域から出たものだと推測できる」
 頭の回転は通常通りらしい。思いの外冷静な彼女に松田は末恐ろしささえ感じた。
「二人は恋人同士なんだよ」
 片桐の疑問に答えたのは、自販機から帰ってきたコナンであった。「コイビトドーシ?」まるで初めて聞いた単語だと言わんばかりの拙さで、片桐が反芻する。
「わたしと、この人が?」
「そうだよ!二人はとーっても仲良しなんだから!同棲までしてるんだよ?」
「こらガキ、あんまり片桐を混乱させるな。…悪いな、気にすることねえから」
「………、」
「……夕」
「!」
 名を呼んでやれば、驚いたように片桐がこちらに目を向けた。
「あんまり気にするな。いいな?」
 いまだ納得がいっていなかったようだが、暫し思い悩んだ末、彼女は頷いた。