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 記憶喪失なので当然休職扱いになった。それになにより彼女には“警察官以外の仕事”もある。組織の目を誤魔化す為にも周りに療養中であることを知らしめる必要があった。正直なところ、今の彼女がどこまでを覚えていてどこまでの記憶がないのか分からない。だが雰囲気からして、おそらく彼女は自分が警察官でありながら反社会的組織の一員であることすら忘れている可能性がある。降谷と取引して二重スパイをしていることを忘れている今の彼女を、組織の幹部と接触させるわけにはいかない。故に彼女を四六時中保護する必要があった。それも、彼女に気づかれずに。
 そういうこともあって、自然と松田の仕事上がりが早くなった。まあそれは組織のことなどまったく知らない周囲が二人の関係を気遣ってのものだが。
「大事な人が自分のことを忘れてるってすごくつらいことだと思います……僕ももし佐藤さんに忘れられたら……あわわ…」
 と、高木。
「一刻も早く夕さんの記憶を戻しなさい!!あなたの恋人でしょう!?」
 と、佐藤。
「でも正直、片桐さんが記憶喪失なんてちょっと想像つきませんよね」
 と、千葉。
「ふうむ……片桐君も人の子だったというわけか。早く元に戻ると良いな」
 と、目暮。
 二名ほど彼女に対して失礼だな、と思いながらもぶっちゃけ松田もまさか片桐が記憶喪失になるなんて考えもしなかった。ましてや、あんな他人行儀な目を向けられるなんて。ショックじゃないと言えば嘘になるが、へこたれている暇はなかった。
「片桐」
「うん?」
「実は今週の土曜日、休みが貰えたんだ。どっか行かねえか?」
 記憶を失ってからというもの、片桐は外出したがらなかった。部屋の掃除をしたり料理をしたり、読書をしたり、テレビを観たり。とにかく一般的な専業主婦の行動を取っていた。松田にはそれが本来の自分のルーティンを探っているように見えた。そしてその行動どれもに、片桐が納得していないことも松田は察していた。
「(ま、一日中家にいることなんてなかったしな)どこか行きたいところはあるか?」
「行きたいところといっても、どこに何があるか知らないからねえ。きみのおすすめは?」
「おすすめか…」
「あ、わたしときみが初めて会った場所に行きたい」
 選択権を譲渡しておいて発言する辺りが随分な勝手だが、可愛いお願いなので全然許せた。
「じゃあ杯戸ショッピングモールだな」
 正確にはそこにある観覧車の72番ゴンドラだが。
「ショッピングモールで会ったの?わたしたち警察官だからてっきり警察学校とか職場かと思ってたんだけど」
「ああ、まあ…仕事中に出会ったことには変わりねえよ」
 まさか爆弾の解体中に出会ったなどとは思うまい。観覧車を見た時、片桐がどんな反応をするのか楽しみだった。