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「夕ッ!!」
 足音と共に聞こえてきた声は、松田のものだった。子供たちから誘拐のことを聞かされたのだろう。
 彼は片桐の足元を一瞥すると、慌てて駆け寄ってきた。
「済まないね、松田クン。キミから貰ったワンピース、破いてしまったよ」
「…怪我は、ないんだな?」
「この通り平気さ」
 そう朗らかに言ってみせれば、松田は何の躊躇いもなく片桐を抱き寄せた。
「…っ……よかった…」
「…どうしたんだ、キミらしくもない」
「記憶も戻ってんだな?…安心した」
 はぁあ、と安堵の息を吐き、松田は片桐の肩口に額を押しつける。暫く彼の好きにさせていたが、やがて胸を押して彼と目を合わせた。
「“このまま”のほうが良かった?」
「あ?」
「記憶があるほうが、良かった?」
「当たり前だろ何言ってんだ。馬鹿みたいなこと言ってんじゃねえ」
 そうして松田は片桐の頬に手を添える。(あ、ちゅうされる)その熱に触れるのは悪くないため受け入れようとしたが、視界を掠めた人影に、咄嗟に掌で松田の口を塞いだ。不満の視線が突き刺さったが、片桐は「ん」と背後を促した。
「ぼっボクたち何も見てないよ!?」
 人影の正体は顔を真っ赤にした少年探偵団であった。流石に小学生にラブシーンを見られるわけにはいかない。松田も自重して片桐から離れた。
「松田君!片桐君は…」
「おや目暮サン、この通り私は無事ですよ」
 その後、駆けつけた警察により犯人たちは逮捕された。片桐も病院に行ったあと簡単な事情聴取を受けた。その際、記憶も完全に回復したので明後日から仕事に復帰できるということになった。
「やれやれ大変だったねえ」
「夕さん本当に記憶戻って良かったね!ボクすごく心配したんだから!」
「済まなかったね」
 帰路の途中、片桐は松田と一緒にコナンを毛利探偵事務所まで見送っていた。「ボクよりも松田刑事に謝ってあげて」松田クン?と片桐は首をかしげる。唐突に名前を出され、彼自身もきょとんとしていた。
「何で俺だ?」
「だって松田刑事、すごーく落ち込んでたから!夕さんは夕さんじゃないと駄目なんだって!」
「ばっ…余計なこと言ってんじゃねえ!」
 僅かに顔を赤くする松田にしてやったりと笑うコナン。それじゃあねー!だなんて手を振って事務所の階段を駆け上がって行った。
「…私は私じゃないと、駄目だと」
「っそんなの当然だろ!ほら、帰るぞ!」
「ハーイ」
 早足になる彼に小走りでついていく。隣に並べば、松田は歩幅を狭くした。それが片桐にとって丁度良かった。