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 赤井秀一は片桐夕を失踪させるつもりなどなかった。然るべき段階を踏んで彼女の素顔に接触しようと考えていたが、それは逮捕ではなく彼女の立場を利用しようと企んでいたからである。
 彼女が何故あんな短絡的な行動に出たか…それは分からない。否、もしかしたら大した理由などなかったのかもしれない。ただ彼女は追い詰められ、正体を突き止めた松田を守る為に咄嗟に取った行動――とも考えられた。その場合、全面的に発破をかけた赤井に非があることになるのだが。
 ともあれ、そういうことも相まって赤井は彼女について調べていたのである。これがなんの贖罪にもならないことを理解していたが、何もしないよりはマシだと考えた。
「ちょっとシュウ、もういない人間のことを探るのはやめなさいよ」
 ジョディ・スターリングの言葉に赤井は思わず手を止めた。
「…もういない、か」
「………ええ、そうよ。結局のところ、その結論にあなたも納得したじゃない」
 FBIが捕縛不可能、そして行方不明となった片桐は最終的に死亡扱いとなった。死体は見つかっていないものの、赤井も長年の経験から彼女は消されたと踏んでいた。
 しかしそれはあくまでもこちらの見解だ。
「彼にとっては、そうではないみたいなんだよ」
「彼?」
 沖矢昴の時に出会った、片桐の相棒。言葉にせずとも彼女を全面的に信頼している様子が容易に見て取れた。それを踏みにじったことに関して決して何も思わないわけではない。赤井もかつて、少なからず気にかけていた女がいたのだから。
「でも……調査して、全てが分かって、悲しい現実を突きつけるの?」
 それまで冷たかった言葉に情が入る。ジョディとて片桐と彼の間柄を何も知らないわけではない。
「知らないほうが良いことだってあるんじゃない」
「それは本人が決めることだ」
「そりゃそうだけど…」
「だがそうだな」
 赤井は思い至って席を立つ。シュウ?と当惑したジョディに手を挙げ、出てくると告げた。
 目指すは片桐の相棒のところだ。