『名前とはもう友達でいたくない』

 ――まさかそんなことを親友に言われる日が来るなど想像もしなかった。
 否、訂正しよう。厳密には面と向かっては言われていない。彼がパートナーであるレパルダスに愚痴を吐いたのだろう。それを偶然名前が聞いてしまっただけだ。
 過程はどうであれ、彼が名前に対し良い気持ちを持っていないことはこの発言で明白となった。
 名前は恥ずかしながら自分が彼・ギーマと気の置けない仲であるとこっそり自負していた。彼がリーグに対したまに愚痴をこぼしたり、ギャンブルの自慢を話したり、なんてことない食事で他愛ない話をしたり、ポケモンについて語り合ったり、他の人間よりも彼の言葉をたくさん聞いていると思っていた。
 しかしその自負は今日、勘違いであったと突きつけられた。親友だと思っていたのは自分だけであると冷水を頭からかけられたのだ。
「いやマジで恥ずかしい…ははは…」
 彼のプライベートハウスに遊びに行けるほど気を許してもらっていると思っていたから、これはかなりの打撃だった。
 名前の気配を察してドアを開けた時のギーマの顔は忘れられない。気まずすぎて俯いた折に見えた互いの爪先は、一体どこを向いていただろう。彼が何かを喋ろうと息を吸った瞬間、名前は家を飛び出した。この時初めて彼の言葉を聞きたくないと思ってしまったのだ。
「ああ〜急に飛び出して態度悪かったかな〜…いやでも友達でいたくないって言ってたし…はは…こんなこと考えても無意味か……へへへ…」
 人はショックが大きすぎると笑ってしまうらしい。悲しいのに涙も出ない。
「これからどうしようかな…帰るか…」
 名前はイッシュ地方の出身ではない。遠くのホウエン地方から彼に会いに遥々やって来たのだ。彼はリーグ関係の仕事が忙しいから、色々融通が利く名前がこちらまで赴くなんて珍しくない。これをジョウト出身の知人に話したら変な顔をされたが、名前自身この行き来を苦痛に感じていないので別に構わなかった。それに船のチケット代は彼が支払ってくれるので名前の財布に大した痛手はない(何回か断ったことがあるが、わざわざ来てくれているのだからこのくらい普通だと押し退けられた)。
 彼が代金を払った帰りのチケットを鞄から取り出して眺める。これで帰るのはなんだか気が引けた。もう友達じゃないのだから、彼に買ってもらったチケットを使うのは申し訳ない。
「結局友達、できなかったな…」
- back -