純黒の悪夢/前編

 ゆっくりと、侵食してゆく。
「で、具体的にはいつするんだい?」
 確実に、意識を、全てを、変える為に。それが正義の為に振るわれるように。ただひたすら、存在する筈のない名の為に、生きていた。
「そうね、来週辺りには忍び込むんじゃないのかしら」
「彼女は実に人間離れした存在だから、きっと簡単に盗めるだろうね」
「それ、彼女に言ってあげないでよ?」
「分かっているさ」
 苗字は――否、ただの人殺しは、穏やかに笑った。



「来週、キミの正体がバレるおそれがある」
 某日、月が隠れた曇り空。今にも雨が降り出しそうな、零時を回った時間帯。警察庁のある一室にて、降谷零と苗字名前は秘密の会合を開いていた。いつもの服装ではないラフな格好の彼女は、おそらく彼と同棲している家からこっそり抜け出してきたのだろう。最後の最後で内側を曝け出してもらえていない同期に同情しつつ「どういうことだ?」と降谷は事務的な質問をする。
「言葉通りの意味だ。逐一説明せねば理解できないかね?」
「相変わらず手厳しいな。俺は疑われているのか?」
「そうだ」
 間髪入れずに同意した苗字。「日本警察はぬるい」続けて、挑発的な言葉を発した。
「このままでは本拠地であっさり情報を抜き取られてしまうだろうねえ」
「それって…!」
「残念だが詳細までは知らされていない。私はこの件から外されているからね」
「お前ほどのハッカーなら任務の詳細を極秘で入手できるだろ」
「買いかぶりすぎ、というやつだな」
 これ以上何もする気はないと言いたげに、苗字は両手をひらひらと振った。降参の意だ。「済まないね、二流で」そう呟いてからからと笑う。謙虚にも程がある。
「まあ、精々警察庁の警備を強化しておくことだ」
「…情報提供ありがとうございました」
「そんな不満そうな顔で言われても、ね」
 だがまあ、と苗字は最後に言った。
「“組織”というシステムは碌でもない。キミも切られないよう、気をつけることだ」

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